斜陽街で逢いましょう
12


扉は開いた。
探偵のかけた力を無視して。
中から開いた。

扉を開いたのは…片目を義眼、片腕を義手としている男だった。
がっしりした体格で誠実そうな右目をして…
探偵は慌てて持っていた写真を見た。
義眼義手を別とすれば、この男は探していた人物ではないか。
男は探偵を無視して立ち去ろうとしている。
「まてっ!」
慌てて引き止める。
やっと掴んだ手がかり、放してなるものか。
探偵は少々気合いが入っていた。

「記憶がない?」
黙々と鑿を振るう扉屋主人を無視して、探偵は男と話していた。
その結果得られた情報がこれだ。
男には記憶がなく、それでも、記憶の底で引っかかっていることがあるらしかった。
それを探しに来たらしい。
「それじゃ、鳥篭屋に寄ったことも音屋で何か買った事も覚えていないのか?」
「鳥篭…音屋…覚えているような…いないような」
「天使を探していたんだろ」
「天使!」
男の視線が覚めた。
はっとした顔になっている。
「そう、俺はこの街で天使を探す夢を持っていた…ずっと天使を探していて…」
男が話す。何かが解けたように。
「天使という存在とともにあるのが夢だった。それでも、俺には大切な人もいて…大切な人と夢の間で俺は悩んだ、その末…」
「その末?」
「俺は自分を半分オルゴールに閉じ込めた…それを大切なあの人に渡していないんだ…」
「オルゴール…」
オルゴール。それは夜羽が持っていたあれだろう。
とにかく、音以外のものをいれられて音屋に戻っていない。
それに間違いないだろうと探偵は根拠なく思った。
「とにかく、俺はあんたを探しに来た。依頼人と逢ってもらえるかい?」
「…わかりました。しかしまずはオルゴールを…」
「アテはある。ついてきな」
探偵はそう言うと、男の前に立って歩き出した。
男もそれに続いた。

「あんたも苦労するな」
鑿を振るっていたらしい扉屋の主人が声をかけた。
探偵は溜息で同意した。
そんな探偵の傍を、誰かが通りすぎていった。


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