斜陽街で逢いましょう
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がらくた横丁のある一角。
横丁の奥まったところなので大抵の人は見逃すが、
ここに、白い壁がある。
高さ2メートル程度、幅も2メートル程度。厚さはわからない。
下の方に、まんがのネズミが空けたような穴がある。
がらくた横丁にある壁といえば、大抵コンクリートが剥き出しになっているか、
安っぽい壁紙を貼り付けただけであるが、
ここはそれに反して、あくまでも白い壁だった。

螺子師は疲れるとそこにやってきた。
壁を背にして座ると、時々心を慰める歌が聞こえるのだ。
有名な歌だっただろうか?
そのあたりは詳しくない。
とにかく、ここに来ると心が休まるのだ。

ある日、思い切って声をかけてみた。
「歌…好きなのですか?」
歌は一瞬途切れて、少しの間を置いたあと、
「うん、だいすき」
と言う女性の声が返ってきた。
いや、まだ少女かもしれない。
そんな声が、壁の向こう、ネズミ穴を通して聞こえたのだ。

以来、壁の向こうの人とは奇妙な友情が結ばれた。
顔は絶対にみえない。
壁越しの会話。
だから愚痴れることもある。
向こうが一方的に話すこともある。
なんとなくここは、お互いの発露の場となっているようだった。

螺子師は壁の向こうの歌が好きだ。
どんな人なんだろうとネズミ穴を覗いても姿は見えなかった。
それでも、螺子師は壁の向こうの歌が好きだ。
名前は何となく名乗っていない。
むこうも名乗っていない。
名乗っていないからこそ、気が休まるのかもしれない。

扉屋のようにここの壁もどこかと繋がっているのではないかと、
そう、誰かに言われたこともある。
それならそれでいいと螺子師は思った。


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