斜陽街で逢いましょう
23
螺子師は例の壁にやってきた。
ネズミ穴の開いた、あの壁だ。
螺子ドロボウの言うことを全て信じている訳ではない。
しかし…壁の向こうの彼女の件が螺子ドロボウの所為ならば…
彼女はゼロ螺子を持っているかもしれない。
そう思った。
壁からは物悲しげな歌が聞こえた。
歌は彼女の感情を何よりもはっきり表現する。
螺子師は数回の逢瀬でそのことを知った。
彼女はきっと悲しいことがあった。
そう思った。
「やあ」
「どうも」
いつものように会話が始る。
しかし、今一つ続かない。
彼女の心の所為なんだろうと螺子師は勝手に解釈した。
だから消沈の理由は尋ねなかった。
自分はそこまで踏み込む存在ではないから。
自分は彼女と壁を隔てているから。
だから、自分の用件からきりだした。
「螺子、変わったと思うんです」
「…うん」
間があり、彼女が答えた。
「それがきっと、探していた螺子のはずなんです」
「…見てみる?」
「はい」
ネズミ穴越しに螺子が転がされる。
…間違いなく、ゼロ螺子だった。
「…どう?」
「うん、探していた螺子です」
「よかった…」
きっと壁の向こうで微笑んだ。
そんな気がした。
「誰かの役に立てたのが嬉しいんだ…そういう気分なんだ…僕でも役に立てるんだ…」
「役に立てますよ。壁のこちらでも向こうでも、きっと…」
「ありがとう…」
彼女は礼を言った。
会話はそこで終った。