テラコッタ色の屋根の下
06


そこには、憔悴したイチロウ、そして一枚の絵があった。
描かれているのは、女神のように微笑むナナ。
未完成のようだ。
しかし、ナナはこんな風に笑わないとアキは思った。
これはイチロウが生み出したナナ。
イチロウの何かの念が生み出したのだろう。

イチロウは絵に向かっていた。
命を削ってナナを描いていた。
ここにはいないナナを。
聖母のように微笑むナナを…

「イチロウさん!」
アキは叫ぶように呼びかけた。
このままでは存在しないナナにイチロウが連れて行かれてしまう気がしたからだ。
イチロウが少しだけ振り向いた。
「アキ…」
「イチロウさん、どうして…」
どうしてそんなになるまで絵を描いているのか…
どうしてナナを探そうとしないのか…
どうして帰ってこないような場所に足を踏み入れようとしているのか…
いくつも言葉が渦巻いて、言葉が出てこなかった。
「ナナはここにいるよ…」
イチロウは虚ろに言った。
「ナナさんはいないんだ!いないから探さなくちゃいけないんだ!」
「…」
「イチロウさん!」
「アキ、君の言うことはわからない…ナナはここにいるんだ…ここで微笑んでいるんだ…」
ナナの肖像画が、一瞬、邪悪な微笑みを浮かべたような気がした。
「イチロウ、さん…」
「出ていってくれ」
イチロウはもう振り向かなかった。

アキはイチロウの家をあとにした。
このままではイチロウは肖像画に連れ去られてしまう。
アキはそう思った。
しかし、誰に相談すればいいか…
こんなことを誰が信じてくれるのか…
あては一つあった。
教会に行こうと思った。
教会の裏庭に行こうと思った。


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