テラコッタ色の屋根の下
09
部屋に静寂が戻った。
戻らないものもあった。
何故か新品同様になった螺子。
そして、イチロウ。
イチロウは憔悴したままだ。
もしかしたら憔悴は止まったのかもしれない。
ぐったりしたその様子からは窺い知ることは出来なかった。
目は落ち窪み、肌はかさかさと乾いている。
まるで砂漠を人間にしたようだ。
「イチロウ…さん?」
アキは恐る恐る呼びかける。
「ナナ…は…」
イチロウは何かを探しているように視線をさまよわせる。
何を探しているかははっきりしている。
アキはそれが耐えられなかった。
「ナナはどこにいるんだ?」
アキは黙った。
自分ではイチロウを回復させることはできないと知った。
イチロウはここにいないものを求めている。
ナナでなければいけない
自分では無理だ…
アキはイチロウをベッドに寝かせると、静かにイチロウ宅を後にした。
玄関の前にはキリエがいた。
「無理…だったんだな」
キリエはそう言った。
アキはそれを聞いた途端…感情が…涙が一粒こぼれた。
それは次第に多くなり、小さな流れを作った。
そう、自分では無理だった。
こんなにイチロウが好きでも、こちらがわに戻すことは出来なかった。
アキはキリエの胸でわぁわぁ泣いた。
声がかれるまで泣いた。