テラコッタ色の屋根の下
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教会の裏庭。
テラコッタ色の屋根の下。
彼女は例の壁に背をあずけて歌っていた。
風が穏やかに吹いた。
風は涙を拭ってはくれないなと彼女は思った。

やがて、壁の向こうに気配がし…
「やあ」
「どうも」
いつものように会話が始った。
それでも、アキの心は晴れなかった。
やっぱりイチロウのことを引きずっているんだろう。
アキの中で別のアキがそう分析していた。
イチロウの役に立てなかったこと。
それをきっと引きずっているのだろう。

しばらく話をし、やがて
「螺子、変わったと思うんです」
向こうがそう切り出した時には少し驚いた。
見えているのだろうか?
絵と戦ったことも、イチロウへの想いも…
とりあえず
「…うん」
そう、肯定した。

「それがきっと、探していた螺子のはずなんです」
壁の向こうは螺子にしか興味がないようだった。
アキは少しほっとした。
「…見てみる?」
「はい」
ネズミ穴越しに螺子が転がされる。
「…どう?」
「うん、探していた螺子です」
「よかった…」
アキは微笑んだ。
「誰かの役に立てたのが嬉しいんだ…そういう気分なんだ…僕でも役に立てるんだ…」
イチロウの役には立つことが出来なくても、こうして壁の向こうの誰かの役に立った。
まだ少し引きずっているけれど、元気が出てきた気がした。
「役に立てますよ。壁のこちらでも向こうでも、きっと…」
「ありがとう…」
壁の向こうの彼が、元気をくれた。


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