君は音屋に入っていった。
ドアを開けたとたん、あふれ出る音、音、音!
世界中の音という音が集結したようなやかましさだ。
まるで音が質量を持って君の身体の中を縦横無尽に疾走していくようだ。
何故この店のドアを開けるまでこの音の群れに気がつかなかったのだろうか?
ただの硝子を貼ったドアに、そんな大層な防音の仕掛けがあるとも思えないが…
年老いた店主がいるが、このうるささでは気がついてくれないだろう。
と、店主の方が君に気がついて、手にしていたホワイトボードに
『いらっしゃいませ』
と、書いた。
店主が何か指差した。
そこには同じような小型のホワイトボードがあった。
これで話せという事だろうか?
『何をお探しですか?』
『夜羽の妄想テープ』
店主はかけていた丸めがねの中で、眼をシパシパさせると、
『音だけ入れたテープならばここでも取り扱っていますが』
と書いて君に示し、その文字を消し、
『夜羽のテープは音声以外のものが時々入るので、ここでは取り扱っていません』
と、君に示して見せた。
君は頷いた。
『テープはここ製のものだけど、音声以外のものが入ったテープがここに帰ってくることはありません』
『どうして?』
『音屋という店自体がそれを受け付けないのです』
何だか、納得いくようないかないような答えだった。
奇妙なホワイトボードの会話を終え、君は店をあとにした。
とりあえずここにはテープはないらしい。
とりあえず斜陽街を歩く