番外編 酒精


「これは僕と知り合いの対談のこと。別に妄想でもなさそうだから番外編。でも」
夜羽はテープをセットし、
「結構僕は楽しかったからこうやってリストに入れてある…と」
テープが再生された。

「何か飲みます?」
「カルーア・ミルク(注1)」
(注1:カルーア・ミルク…カルーアというコーヒーのお酒と牛乳を混ぜたカクテル。甘い)
「OK。じゃ僕はいつもの…」
「スプリッツア(注2)…でしょ?」
(注2:スプリッツア…白ワインとソーダ水を混ぜた軽いカクテル)
夜羽の苦笑いが聞こえた。
「夜羽それしか飲まないもん」
「別にいいじゃないですか」
「たまにゃスピリタス(注3)とか試してみたらどうだ?」
(注3:スピリタス…アルコール度数96%のウォッカ)
「…僕を殺す気ですか?」
ネギぼーずはそれを聞いて大笑いした。
「お互い酒は弱いからなぁ…」
「まったくです」
そして2人して笑った。

「なぁ、夜羽…」
「なんでしょう?」
「人間はどうして酒飲むと思う?」
「猿も発酵させた果実で酔う事があるらしいですよ」
「なんだ、酒飲んでるのは人間様だけじゃないのか…でも、やっぱり望んで飲んでいるのは人間だけだと思うんだ…」
「最も進化した生物に与えられた特権?」
「間違ってもそれはないな」
「ありませんか…」
「その論理だと、飲めねぇ輩は飲める奴より進化が劣っている事になるだろう?いただけないな」
「なるほど、そう言われればいただけませんね…」

「こころなし、ネギぼーずさん少し口調が乱暴じゃないですか?」
「そぉかぁ?」
「…カルーア・ミルクでこう、酔えるというのも珍しいですね…」
ネギぼーずは黙っている。
「酔いって気持ちいいですか?ネギさん」
「まぁね…ただ、あまり人の前じゃ飲まないようにはしてるんだ…家ではもっぱらワイン…」
「人前じゃ酔いたくないですか?」
「へへ…醜態さらしたくないしさ…気持ちいいんだけどさ、やっぱり、一人の方が安心して酔える…かな」
夜羽はそれを聞き、そして呟いた
「やっぱり、どうして酔いたいのかがよくわからないですね…」
「そーだなぁ…」

「こんなのどうだろ?」
「どんなのでしょう?」
「酒の中にゃ酒精という子供が住んでいるんだよ…」
「ほうほう」
「天使でも悪魔でもなく、子供がね…天使にも悪魔にもなりうるのさ…どうだろ?」
「面白いですね」
「子供が好きな人もいれば子供が嫌いな人もいる。酒と人の相性なんてそんなもんだと思うよ」
ふーん、と夜羽は言って、
「もう一杯。同じの」
と、遠くの方に向かって言った。

「酒精ですか…」
卓上で音がした頃、夜羽が話し出した。
「木の精・水の精があるように、酒の精。とね」
「きっと悪戯好きでしょうね」
「相当悪ふざけが好きに違いないぞ」
ネギぼーずはそう言って呵呵と笑った。

「ところで、なんでお前いつもスプリッツアなんだ?」
ふと気がついたようにネギぼーずが訊いた。
「酒に弱いからですよ」
夜羽が答えた。
「他にも色々あろうに…」
「別にいいじゃないですか…でも、強いて言えば、スプリッツアの曖昧感が好きですかね…」
「『ユーゴは東西のはざまにあって、どっちつかずのスプリッツアを好んで飲む』(注4)…ですか?」
(注4:「三人でスプリッツア」より。)
「妄想屋は現実と非現実のはざまにあって、どっちつかずのスプリッツアを好んで飲む…」
「じゃないのか?夜羽さんよ」
「さぁ…僕は一介の妄想屋ですから、そんな難しいことはわかりませんよ…でもね」
夜羽が続けた。
「炭酸の発泡が浮世の儚さと重なって、好きではありますね…透明で、奇麗ですよ…」
少し間があり、
「その発泡を飲み込んでしまう、夜羽、お前は何者だ?」
「僕は一介の妄想屋ですよ」
くすりと夜羽は笑った。

テープはここで終わっていた。

「お酒は美味しいですよ。精神状態が悪くなければね…」
テープを巻き戻しながら、
「何か飲みます?」
と、夜羽は客に問うた。


妄想屋に戻る