テープ01 眼球


夜羽は選択されたテープをかけた
年代もののテープレコーダーから、劣化した音声情報が飛び込んでくる

女の声
「あの…これでいいのですか…?」
夜羽の声
「どうぞ。ここに貴方の妄想を記録します」
近くで何かをたたく音。テープレコーダーを指で叩いた音らしい。
「では…」
女、咳払いを一つ。
「私の妄想は…眼球なんです」

眼球?それはまたどこからか引っ張り出してきたような…
盗作妄想か妄想の妄想か…
夜羽は質のいい妄想をそこで諦めたらしい。が、
「続けて」
事務的に発言を促す。
「あの…私の眼球は…父の形見なんです」
「ほう…」
夜羽の声色に少しだけ興味が戻った

彼女の父親は5歳か6歳の頃、病死をしたらしい。
「父が死んでから、私の視界が変わっていくのを感じました。ぼんやりと輪郭が…」
「それは近眼では?」
「ええ、近眼でしたわ」
女は微笑んだらしい
「仮性近視を疑ったようでしたが、真正の近眼でしたの」
多分、女は眼を指差した
「そして右目のみに乱視…」
「…父親もそうだったのですね」
夜羽の言葉に、女は「ええ」と、微笑んだらしい

「遺伝ではないのですか?」
わざわざ妄想を壊すようなことを聞いた、と、夜羽は聞いてから後悔をしたようだ。
しかし、得られた答えは、さらに妄想だった。
「いいえ、遺伝であってはいけないの。この眼は父様の眼球でなければいけないの」
「なぜ?」
「母様のそばに父様がいなければいけないの」
「君の眼球が父親の代わりなのか?」
「だって父様がいないと母様寂しいでしょ。父様も母様がいないと寂しい。だから僕が…」
『僕』彼女は確かにそう言った。
「僕が父様の代わりに母様の笑顔を眼球に写すの」

「今でも夢を見るんです。父様が焼かれる夢を。父様の眼球が僕に宿る夢を」
彼女は続ける
「母様が再婚をしても僕の役目は変わらない。今迄と同じように母様を幸せにして笑顔を眼球に写すの」
彼女の笑い声が聞こえた。
「今迄の笑顔と同じように…か」
夜羽の声だ
「そう、僕の見たことのないあの笑顔を再現するんだ」
「再現?」
「僕は見たことがない。でも、知っている情報だよ。眼球の記憶さ」
『僕』は続けた
「僕が生まれた時のあの微笑み。家庭にいる妻としての笑顔…『これ』がみんな覚えていたんだ。父様が見ていたんだ。僕はそれを再現して再び眼球に記憶する。いつか父様に眼球を返すその時まで…」

テープがさらさらと流れる
「そこまでですか?」
「はい、ここまでです」
「ありがとう、三流妄想屋にしてはいい妄想が手に入ったよ」
ブツッという音、テープレコーダーは沈黙した。


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