テープ02 壊れる


「…てんじゃない、違う、僕は」
テープ再生と同時に少年の声。
夜羽は慌てて巻き戻しを押した。
そして再び再生。
さっきと同じ声色からテープは始まった

「僕は壊れるんです」
まだ声変わりしきっていない少年の声
「ほう…どんな風に?」
これは夜羽だ。
「僕のからだの細胞が、僕を構成しきれなくてバラバラになるんです」
少しの間がある。
「積み木でも壊すように…か?」
「ちょっと違います。コンピュータグラフィックでこう、ある方向からさらさらさらと砂になるような…」
再び少しの間。夜羽がそれを想像しようとしているのか
「大体感覚はつかめました。で、どうして壊れるんですか?」
「…壊すんです。だれかが」

少年は『誰か』と言った。
伏せられたところの妄想も聞きたい、と夜羽が言った。
少年は分からないと答える。
夜羽は、少年をリラックスさせるためか深呼吸を促した。
深呼吸をする。少年と夜羽、同じように同じリズムで。
呼吸の音が重なって聞こえる。そして夜羽は尋ねた
「君は今壊れています。どんな気分ですか?」

沈黙…少年がその問いの答えを考えているのか、或いはその問いに呆れているのか。
前者だったらしい
「このまま…壊れてしまえば…いいのではないかと思います」
「どうして?」
「壊れれば全て無になって、苦しみから開放されるんです」
少年の声は少しかすれて聞こえる。
この声は少年の考えた「壊れるものの声」らしい
「では聞きましょう。なぜ苦しいんですか?」
「潰されるんです。家と、学校と、友人と、他人と…みんなに。だから苦しいんです」
「潰されると苦しい。そうなると、君のまわり全てが苦しみを作っているわけだですね」
「潰されながら僕は軋むんです。壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる…」

がたがたという音。少年の椅子が鳴っているらしい…
「おちついて、そう、ゆっくりと呼吸を整えて…」
再び深呼吸が重なる。
飲み物で喉を鳴らす音。
「では、想像をしてください。君は今君を壊す者。なぜ壊すんですか?」
沈黙…そして、少年であることをとどめた、内臓から絞り出すような低音
「その方がこいつのためだからだ」

「結局こいつがいなくても代わりはいる。何でも代わりがあるご時勢だからな。こいつが存在していて軋むのなら、壊した方がいい、俺はそう認識した」
「壊すのは君の優しさなのか?」
高笑い。
「はっはっは…あんた面白いことを言うな、けど、確かに、そうかもしれない。これが俺の優しさだ。そしてあいつはただ、優しさに甘えているだけなんだよ」

沈黙が降りた。
「君を壊す者は、君のために壊すと言っている。そして君は壊す者に甘えているんだと言う。どう思う?」
「ちがう!甘えてんじゃない!違う、僕は、僕は、僕は、僕は…」
語気が弱くなり少年は沈黙した
「壊れてしまえば…全てから開放される…わずらわしい全てから…でも、わずらわしくないものからも決別をするんだ。甘えている僕に、それだけのことが出来るのか…僕が間違っているのか…」
少年は呟いていた
「今は壊れかけのまま、錯誤していた方がいいでしょう。その方が妄想が発生しやすいし、僕のテープも潤うというものです。それに」
夜羽が言葉を切る
「何が正しいか、間違っているかはその場では決められない。それだけは確かです」

沈黙
そして、テープの再生が止まった


妄想屋に戻る