テープ03 端末


これは僕の知り合いの妄想だ、と
夜羽は前置きをしてからテープを再生した。

「ええと、僕はネギぼーずです。っと、これでいいかな」
「自己紹介はいらないんですよ、ネギさん」
ネギとやらが照れ笑いをしたらしい。
「へへへ…ま、いいか。ハンドルネームだし」
「…では…」
と、夜羽が切り出す。
「妄想を聞かせてください」

「僕は…まぁ、趣味でHPなんかつくってるわけだけど。僕の妄想はそこから来ているんだ」
ネギぼーずが淡々と語り出す。
「インターネットでいろいろな知り合いが出来る。でも、そいつ等は存在なんかしていないんじゃないかという妄想だ」
「そもそも電網自体が妄想くさい代物ですからねぇ…」
「そう、このはこを通じて僕は僕の妄想と対面しているという妄想に駆られているんだ」
「そんなに難しくしないで、要は…」
夜羽が言葉を区切る。
「目の前に写る物が嘘かもしれないということでしょう」
「はしょるなぁ…君も」
「難しいことは嫌いなんです」
二人は、笑ったらしい

「唯幻論って知ってます?」
「目の前にある全ては脳の感じている幻だってことだろ?僕の好きなゲームがそんなの取り上げてたなぁ…うん」
「この妄想はそれに影響されただけなのでは?」
「うーん…それとも違うような…」
ネギぼーずは考え込んだ
「幻というよりも…僕の場合はむしろ…言葉のやり取り相手が果たして人間か…あるいは、端末の繋がる先には…と言った感じの方が近い」
「ああ、誰かいる、何かあるがもとになっているわけですね。唯幻論はちょっと飛びすぎましたね」
「そういうことだ。でも…この端末の繋がる先に、僕は…」
ネギぼーずが声のトーンを落とした
「僕は脳髄を連想する」
呟くように、妄想は放たれた。

「ここに映し出されるのは誰かの妄想、誰かの脳髄から放たれた誰かの妄想…僕は妄想とともに『そこ』にあり、僕は妄想と話す時その妄想の中にある」
「脳髄の中の一員になるわけですね」
「うん、僕を僕としている僕がそのとき『そちら側』へいっていて、端末の前には僕だったものの抜け殻がキーボードを叩いたり、クリックしたりする…僕は『そちら側で』脳髄のコードに取り込まれ、妄想の中で語る」
そこで、しばらくの沈黙
「…回線を切ると…すこし、落ち着くんだ…本当は、インターネットは嫌いなのかもしれない」

「これからどうするんですか」
夜羽が尋ねる
「…インターネットは嫌いでも、中毒になるんだ。脳髄から出たコードは確実に僕を蝕んでいる。多分これからもずっと電網遊戯を続けるんだろう」
溜息が一つ
「ネットって言うよな…そう、網なんだ。蜘蛛は虫を捕らえる。僕はもう、捕まっているんだ」
「『こちら側』には戻ってこれないのですか?」
「居心地の良いネットを振り切ることが出来れば、或いは…でも、居心地のよい場所を自分から振り切ることなど出来はしない。ネットは僕を傷つけない。優しく包んでくれる」
「脳髄の、妄想の優しさでも…」
「結局、自分を傷つけない場所ならどこだっていいのさ。どんなに得体が知れなくても…ね」
間がある、そして、夜羽の声
「電網でも傷ついたら…あなたは…」
沈黙
「…その時は、痛みから逃げるのをやめるか、全てから逃げ出すかのどちらかだろうな」
「そんな時が来ないことを祈っています」

長い沈黙のあと、録音の途切れた音。
あとはさらさらとテープの流れる音ばかり…


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