テープ04 契約


「私のこれは妄想なのでしょうか…」
「妄想か、そうでないかは自分が決めることではありません。とにかく、僕が聞いて、それから決めます」
間を置き、女性は話しはじめた。
「私は契約に取り付かれているらしいのです」

契約、その中に妄想を見出す例は少なくない。
本人のみが信じる対象と交わした契約、などだ。
具体的には『神』や『悪魔』などがある。
…と、再生の間に夜羽が耳打ちをした
テープの再生は続く
「『契約』ねぇ…具体的にはどんな契約ですか?」
「私は私と関係した人ほぼ全てと契約をしています。私は『人間関係』という契約を持っています」

「では、契約の手続きを聞きましょう。どうすれば、そんなにたくさんの人間と契約が出来るのですか?」
夜羽が尋ねる
「簡単です。貴方と私の関係は何とかであると口頭で確認をするだけです」
「それが契約ですか?」
「はい、それが済めば契約した関係が成立します」
夜羽は少し拍子抜けしたらしい
しかし、何か思い付いたことがあったのか、再び尋ねる。
「契約は口頭のみ、でしたよね」
「はい」
妙に機械的な女の声
「では、その言葉を契約ととっていない輩も存在するのでは?」
「はい、それが困るのです…」
レコーダーから心底から困った声が聞こえる

「せっかく契約したのに、契約破棄やそれに準ずる行為をされると、契約の価値が落ちるので困るのです」
「具体的にはどんなことがありましたか?」
「はい、私はある女性と友人たる契約をしました。しかしかの友人は友人としてそぐわしくない行為をしました…よって私は…」
「ちょっといいですか?そぐわしくない行為とは?」
夜羽が言葉を遮断した。
女性は言葉をつなげようとしたが、夜羽の問いの方に言葉をつないだ。
「私のいないところで私の陰口を…」
カタカタと何かが震える音。
「おちついて、そう、おちついて…」
夜羽がなだめているところから察するに、
女性が怒りに震える音だったらしい。
「つまり、それは『友人』という契約関係にはふさわしくなく、むしろ非難されるべき物であった。そしてあなたは…その友人をどうしましたか?」
「何度も殺しました。私の中で」
「現実には?」
「あんな女のために法的処罰を受けるいわれはありませんわ。私の契約ですから私の中でそれなりの処罰を下してあげましたわ」
鈴を転がすような笑い声がした

「私が法的処罰をも辞さないのは、友人という関係ではなく、もっと親密な契約…」
「…婚約ですか?」
「ええ、結婚です。この契約を裏切られた時は…公的かつ私的な契約を破られた時には…」
予想していた言葉が続いた。
「殺すことすら…ためらいません…」
沈黙が降りる
「ちなみに…」
沈黙を破るのはいつも夜羽だ
「現在結婚の御予定は?」
先の口調とはうって変わって、はずむような答えが返ってきた
「今お付き合いをしている男性が、結婚を前提にお付き合いしてますの。きっともうすぐ式があげられますわ。そうしたら…」
女性はああでもないこうでもない、と、結婚後の家庭生活を夢想しはじめている。

突然テープの再生が途切れた。

「ここから先はずっと彼女の幸せな空想が続いた。そして彼女は話すだけ話すと僕のもとをあとにした」
テープは巻き戻しされている
「彼女は幸せな結婚生活を送れるのだろうか…夫は彼女から契約された関係に、息苦しくならないだろうか…そもそも夫は善人なのか…彼女の話からはわからない」
巻き戻し音が止んだ
「妄想の果てに幸せがあるのかどうか、僕はそれすらわからないんだ」
テープレコーダーは完全に沈黙した。


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