テープ08 呪い


夜羽はテープのラベルを指差した。
「これはね、『のろい』じゃなくて『まじない』と読むんだ」
レコーダーにテープをセットし…
「オマジナイの妄想だよ…」
そう言った。

したったらずな女子高生を思わせる声。
「…しってぇ、ちょっとぉ、フツーでしょお?…でもぉ、ヨシエがぁ、ここに行った方がぁ、いいってぇ…」
間を少し置いて、夜羽の声。
「言葉づかいに無理がありますね。無理矢理「今風」にすることはないのでは?それに、現在それが流行しているとは思えませんね」
「カンケーないじゃん。ムカツクー」
がたんと席を立つ音。
その音に混じり、鈴の音。
「その鈴は?」
「これぇ?これ持ってるとぉ、シアワセ?みたいな?友達みんな持ってるしぃあたしもピンク?みたいなぁ?」
電子音の曲。
「あ、ケータイ鳴ってるぅ…あ、もしもし?…」
ここでいったんテープが止まっていた。

録音が再開されるのは、先程の女子高生がいなくなった入れ替わりに
同じ年頃の少女が話しはじめたところだった。
「あなたは…ヨシエさん?」
「いいえ、ヨシエがなにか?」
「さっき怒って出て行った子は、ヨシエさんに紹介されてここに来たそうですよ」
「すみません…ユキエも悪気があるわけじゃないんですけど…」
「この店内で堂々と携帯電話の会話…悪気はなくとも、困ったさんですよねぇ…」
「すみませんっ!あたしが、あとで、いいきかせますからっ!」
少女は何度も謝る。
頭を下げた時に、鈴の音。
「…ほう…あなたも鈴を持っていますか」
「はい…これは、幸せを運んでくれる鈴なんです…」
「幸せを…?鈴に傷があるようですが?」
「ああ、これは…おまじないなんです」
少女が少女らしくなる弾んだ声。
「私が考えた、幸せになるおまじないです」

鰯の頭も信心からという言葉がある。
どんなものでも、信じれば尊い。そういうことだ。
夜羽はそれを聞いてみる。
「ううん、ただの思い込みじゃなくて、本当に幸せになれるの。効果あるんですよ」
「具体的に、鈴とキズの関係は?」
ええと…と間がある。
「鈴を買ってくるの。いつも持って歩ける程度の小さいの。それに、こういう印を彫るの」
少女は鈴を見せたらしい。
「その印は…白魔術や黒魔術関連ではないようですね…」
「当然だもん。あたしが考えたんだから」
少女の声は誇らしげだ。

「これを持ってから、すごく調子がよくなって、友達みんなにも教えたの。そしたら、みんな鈴を持ち出して、あたしの考えた印を彫ってるの…」
ここで、声のトーンが落ちた
「正直、あいつらすごく馬鹿みたいとか思えてきてさ…」
「効果のあるおまじないを真似してはいけませんか?」
少女が含み笑いをする。
「あのおまじないは私しか幸せになれないの。だって、私が考えたんだもの…」
「では、教える必然性はなかったのでは?」
「あの印は、他の人の幸せを私だけに届ける印なの。近づく人全ての人の幸せを吸い取って、私に届けてくれるの。あの印が増えれば増えるほど、私は幸せになれるの…あたしはあいつらを利用してやってるの」
「今、私の幸せも吸い取られているわけで?」
「そう、みんな不幸になって、あたしだけ幸せになるの」

鈴の音。
「成程…このおまじないが広まればあなたは幸せになれる、というわけですね」
「そう『幸せになるおまじない』でしょ?」
「でも…もし、他人にとって幸せでも、自分にとって不幸が届いたらどうするんですか?」
「え…?」
その声の意味は、多分、当惑。
「もしも…死ぬことが幸せだと思っている人がいる。その幸せ、死を、鈴の印が届けてくれたとしたら…」
「そんなことないっ!この鈴は私に幸せだけ運んでくれるのよっ!」
「まぁまぁ…幸せの定義は人それぞれですし、もしもの話ですよ」
「…」
少女は沈黙し、テープも沈黙した。

テープは停止されている。
「妄想を流しっぱなしにしておいてもよかったんですけどね…自分の幸せを吸い取られていると言われて、いい気分がしなかったんですよ。で、最後にあんなことを…」
夜羽は苦笑いした。
「そうそう、どこかの少女向け雑誌であのおまじない、紹介されていましたよ。雑誌名は忘れましたけど…」
これで彼女は世界一の幸せ者になれますね、と、
夜羽は笑った。


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