テープ10 電網


「知り合いがまた来たんだ。これはその時話してくれたもの」
短く、夜羽は前置きをした。

再生が始まり、夜羽と客のやり取りも始まる。
「お互い、相変わらず不景気みたいだね」
「ネギぼーずさんも不景気ですか?」
「世の中景気がいいのは、躁病者くらいだろう」
「そんなものですかね…」
「そんなもんだよ」

「で、今日の妄想は?」
夜羽は妄想屋であることは忘れていないらしい。
「…脳髄の妄想は…話したんだよな…うーん、どうもあれが、薄れつつあるんだ」
「妄想がなくなりつつある、と?」
「なくなっていくのか、濃くなっているのかわからないけれど…」
少しの間がある。
「今では、端末の向こうに人を想像できる」
「じゃあ、妄想が薄れているのでは?」
「でも、その人間が妄想でないと誰が証明できる?」
ネギぼーずの語気は少し荒くなった。
「何もかもがそうなんだ、全てが妄想でないと証明できるなら教えてくれ!僕は喜んでその証明手段をとろう!だれか!誰か教えてくれ…教えてくれよ…」
語尾が弱くなり、沈黙が降りた。

夜羽が言葉を紡いだ
「妄想に生きることはできませんか?あくまで現実にいたいのですか?」
「僕は君と違う。僕は妄想ではなく電網に生きる」
「電網が妄想に限りなく近いことを知っていて?」
間があり、グラスの氷がどこかで鳴った。
「それでも…『ネギぼーず』は電網世界の住人で、『多くの友人達』がいて…」
「ネットの友達がいらっしゃるので?」
「うん…だから、友人達は人間でなければいけないんだ…それが」
ここで言葉を止め、
「それが僕の現実なんだ」
口調にあったのは、確信なのかもしれない。

「オフ会でしたっけ?それには参加なさるのですか?」
「するけど…結局口裏さえ合わせれば、どんな人間にも代役がつとまるだろ?」
「ですけど…」
「わかってる。ようは信頼関係なんだ。僕があなただと信じる。電網の上のあの人だと信じる。信頼関係で出来たもろいような強いような網…考えれば考えるほど、不思議だよなぁ…」
溜息が漏れた。どちらのものかはわからない。

「『Living on the Net』…」
「みんな、電網に限らず、網の上で生きているのかもしれないな…」
「『Tight Rope』…」
「自分というロープの上を必死になって歩いて…誰かのロープと繋いで網にする…そしてそれはいつか…」
「『Loop』…」
「ループして、永遠になる…でも、それこそが」
「『見えないものを見ようとする誤解 全て誤解だ』…」
「そう、誤解であり…」
「『Schiz・o幻想』…」
「幻想であり、妄想であるのかもしれない…」

「結局、何が真実で何が妄想なのかは、本人にしか決められない。僕はそう思うね。僕なんかは至極適当に、あちこちから話を集めていますけどね」
「夜羽、あなたはそういっていつも逃げ出す。本当は、あなたにはわかっているんじゃないのか?妄想屋として妄想と一番近くにいたあなたなら、妄想の、真実を!」
テーブルが叩かれる音。
沈黙が支配する。
間があり、夜羽が話し出す
「…現実でないのが妄想…そう、割り切らないと…妄想が現実にもなる…」
夜羽は少し区切りながら、確かめるように話す。
「妄想が現実になる…それは妄想に取り込まれるということなんだ…取り込まれないためには、濃度の高い自分だけの妄想を持つ…」
「自分だけの?」
「うん…今はそれしか言えない…僕にも…わからないんだ…何もかもが矛盾していて…」

テープはここで終わり、
夜羽は黙って巻き戻しをした。


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