テープ11 植物


「ガーデニングというものが流行っているらしいね…もしかしたら少し前の話かな?」
テープがセットされた。
「これはガーデニングの裏側のお話…」
テープは廻り、音を生み出す。

「はい、録音が開始されました。それではあなたの妄想を語ってください」
夜羽の声。相手は黙っている。
「あの?」
「わっ!」
驚いた相手の声はまだ若い男の声。
「あの、すみません、ちょっと、考え事をしていたもので…」
声の響きに怯えが見える。
「…何かに怯えていますか?」
夜羽は問いかける。
「いえ、あの、その…」
「よろしければ、その怯えの原因でも、話してもらえますか?」
「はい…」
男はぽつりと話しだした。
「植物が僕を食べにくるんです…」

少しの沈黙があり、夜羽が問いかける。
「ラフレシアみたいなものですか?」
「いえ、普通の庭にある花や雑草たちです」
「どんな風に食べてしまう、と?」
「わからないです。でも、僕を食べにくるんです」
小刻みにカタカタと鳴る音。
「こわい…ですか?」
「植物たちは、何も考えずに僕達を食べてしまうでしょう、ただ、栄養にするために。僕達が、彼らにそうしたように。彼らに復讐とかいう理論はない、それが、恐いんです…」
男は黙ってしまった

さらに夜羽は問いかける。
「あなたはどんな環境にすんでいるのか、聞きたいですね。植物を壊しているような環境では…」
「いえ、そんなことはないです」
問いの途中に男は割って入った。
「…ええと…都市の郊外にあるので、庭が…あります。家族が…ガーデニングとか言って…最近、植物をたくさん育てるようになりました…」
「その植物たちも恐いですか?」
「その植物たちが恐いんです」
沈黙。
「あいつらは…今は良いけど、そのうち僕を食べにきてしまう…」
「ちゃんと世話をされている植物なら、養分に事欠いて、あなたを食べるということはなさそうですが?」
「あいつらは今でも飢えているんだ!」
男は声を高くした。
そして、黙った。

「飢えていると、どうしてわかったのですか?」
夜羽はあくまでも静かだ。
「口を開けて…笑ったんだ…あいつらが…」
「植物が、ですね」
「あいつらが…笑ったんだ…表情や感情なんてあるはずもないあいつらが…『くってやる』って…笑ったんだ…顔なんてあるはずもない。それでも、笑ったんだ…」
「その笑顔が飢えを示していた、と?」
「飢えた笑いだよ、貪欲な…そう、欲の笑いだ…」
男の言葉は、独り言に近い。
「そしてザワザワと『くってやる』って何度も何度も…」
語尾はかすれ、やがて消え入る。

「僕らはやがて奴等の苗床になるのかもしれない…」
「それが食べられてしまう、ということですか?」
男は答えない。答えずに自分の言葉だけを紡ぐ。
「奴等は僕らの身体に根を張る。生きたままの身体に根を張る。そして、僕らは衰弱していく…」
夜羽は黙ることにしたらしい。
「それが第一段階。そして奴等は、吸収ではなく、食べることを覚える…咀嚼し、飲み込み、消化することを覚えるんだ。」
男の語気が荒くなっていく。
「そのうち、食物連鎖の鎖を破って、奴等が食べ出すときが来る。奴等は食べるだけ食べ尽くす。この地上から、一切の動物は失われ、そして奴等も、食べ物を失って、死滅するんだ!」
大きく溜息を吐き、沈黙が降りた。

夜羽と男の終了のやり取りがあり、テープは終わっていた。

「緑を大切に、って良く言いますけど、こんな人もいるんですねぇ…」
巻き戻しの音がキュルキュルと鳴る。
「こんな妄想もったら、とてもじゃありませんが、ガーデニングは無理でしょうねぇ…」
巻き戻し終了。停止。
「現に彼は、家の植物を全部燃やしたらしいですよ…噂ですけどね」
テープをレコーダーから取り出し、
夜羽は話を終えた。


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