テープ12 神


「僕は基本的に無神論者みたいなものだけど…」
手早くテープをセットする夜羽。
「この人は本当に神が存在していると信じているんだ」
再生ボタンが押される。

「はい、どうぞここにおかけになってください」
椅子が引かれる音、戻る音。
「聞かせる方ですか?聞きたい方ですか?」
「そんなのではない。私が正しいと思っていることを、よりにもよってこんな所に吐き出せなんて…」
男の声は愚痴に近い。
「では、あなたの正論を聞きましょう」
男はしばらく黙る。
「あの、話したくなければ…」
「いや、話そう」
男は深呼吸をした。
「神がいるということを考えるのは…妄想なのだろうか…」

「妄想とは限らない妄想ですね。むしろ、大多数が神がいないと信じているという妄想に憑かれている場合もある。自己を超える絶対者という妄想は、珍しくないですよ」
「そんなものではない、私には神がいる」
「いると信じればそれが真実ですよ」
「言葉でなんかだまされることはないぞ。私には、唯一絶対の神がいるのだ」
「ほう…」
夜羽の声が、興味を帯びた。
「どんな神なのか、ぜひとも聞きたいですね」

「私の神は、私のみが感じるところにいつも存在する…」
「あなたがどんな状態でも、神はそこにいるわけですね」
「そう、そして神は私の知らないところで、小さな奇跡を起こしてくださっている…」
「ということは、現在進行形で、神の奇跡は起こっているわけですね。」
男の声が、「的を得たり」という感じで、明るくなってきた。
「今私がここであなたに会ったのも神の奇跡なのです」
「偶然ではなく?」
「いえ、神の起こした必然です」

「では…」
夜羽が切り出す
「他に神はどんなことをしてくれますか?」
「…先の言葉とダブるかもしれませんが、私たち弱者を、それとは知らないような奇跡で守ってくださいます。どんなことがあっても、私たちが勝者なのです。」
「神がいるから?」
「そう、神が私たちを守ってくださって下さるからです。」
「苦しいこともないわけではないでしょう?」
「いえ、それも神の試練。神は越えられない試練を与えることはありません」

「聞きましょう。あなたの神はどんな神ですか?」
「私の神はいつも私とともにあり…」
「では、あなたのどこにいるのですか?」
「あなたには見えないのですか!?」
「見えませんね。失礼ながら。出来ることなら、触れさせてもらいたいですね」
「神は…唯一にして絶対…あなたになんか…触れることはおろか…見ることさえも…」
言葉に優越感が見え隠れする。
「私は選ばれているんだ。だから神の声が聞ける。神のお姿が見えるんだ!」
客は高笑いした。

「私を見下した奴等も、うるさい親も、みんな選ばれていないから、僕の神が見えないんだ。審判のとき、私だけが選ばれる。みんなみんな、私の足元で悶えるんだ…」
「そうしてくれるのが、あなたの神なのですね?」
「そう。私の神。私にすべてを与えてくれる神。今、他人がいくら私を虐げても、私は絶対に救われる。だって私には神がついているのだ!」
「選民思想ですか?」
「選民?はっ!」
明らかに侮蔑の声色。
「いいかい?私だけが選ばれるんだ。選人ですよ」

夜羽が静かに切り出す
「今迄、あなたのお話を聞いてきましたが、どうも神に頼り過ぎてはいませんか?」
「絶対的強者に私のような弱者が頼って何が悪いというのだ!」
客が声を荒げる。
そして静かに夜羽は返す。
「結局、あなたは神に何をしましたか?」
しばらくの、浅い沈黙。
「私は…神のため…」
「世界中どの神も、無償であることはごく希です。そして神は、いつでも気まぐれなのですよ」
「私の神は!」
「まぁ、例外もあるかもしれませんが、せいぜい神に気に入られるように、がんばってくださいね」

テープはここで終わっていた。

「しかし、神に選ばれた人間なんて、ねぇ…」
夜羽の含み笑い
「多分、彼は『それ』が神以外だと知っていても、頼るんでしょうねぇ…たとえば『悪魔』でも」
テープが巻き戻しを終えた。
「そもそも、そんなものが存在すると認識する自体、妄想なんですけどねぇ…」
そして夜羽はくすくすと笑った。


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