テープ16 情報


「この前の15番目のものは未完成のままだったんだ…結局お蔵入りしたけど…」
夜羽は手早くテープをセットした。
「これは一応の完成を見ている。まぁ…」
ここで言葉を切り、
「自己完結…だね」
少し夜羽は笑ったらしい。

数秒、テープは何も音声を発せずに流れる。
そして、声。男の声だ。
「私のこれは、妄想などではない!私は理解したのだ!」
夜羽の声が続く
「他人に理解されない考え、そう言ったものも歓迎しますよ。妄想でなくても、ね…」
「お前も妄想だと思っているのだろう!」
「いえ、妄想だったら、職業上冥利に尽きますし、そうでなくても、面白い話を聞くのは大歓迎ですから」
男は少し落ち着きを取り戻したらしい。
頃合いを見計らって、夜羽が訊いた
「では、あなたの『それ』を聞かせてくれますか…?」
少し間を置き、男はゆっくりと言葉にした。
「私は…生きる理由を理解したのだ…」

夜羽は少し考えているようだ。そして、
「哲学者なんかが難しく理屈ならべている『何故生きているのか』がわかった、と…」
「ああ、理屈なんか必要なかった。生きる理由は至極簡単なものだったのだよ」
男の声は誇らしげだ。
「悟った、と?」
「宗教的に言えばそういう事になるな」
「悟りは別に宗教のみじゃないと思いますが…とにかく、その、『生きる理由』とは?」
男は少し、もったいつけて話しはじめた。
「『情報』を残すためだよ…」

男は続ける。
「すべては情報からなっている。物質という情報、音声という情報、記憶という情報。すべて情報なんだ」
「人間も情報…?」
「私達人間も、当然、情報の固まりなわけだ。身体という情報、内臓という情報、細胞という情報、そしてそれを構築している原子の情報、強いては、脳内における記憶や感情まで、私達は情報の集まりなのだよ」
「それらを残すために生きている、と…」
「そう、これらの自分の持つ膨大な情報の中から、良質の情報を選び、残していく」
「具体的にはどんな方法ですか?」
「生殖行動…自分の肉体的情報を劣化させずに効率よく残す方法だよ。その他にも…」
男は話しすぎたのか、何か飲み物を飲んだ。
「その他にも、他人に自分の記憶を持ってもらうこと…」
夜羽が少し考え、言葉にする。
「たとえば…『優しい人だな』とか、『おしゃれな人』だなとか…そんな風に思ってもらうこと…ですか?」
「そう、そのために人は日夜外見を気にし、化粧に励んだり、人当たりをよくしたりする」
「自分の良質の情報…他人へ残る記憶をよくするため…」
「そのとおりだ!」
男はとても機嫌がいいようだ。

「更に言えば、生命を維持する事は、生きていれば情報を残すことが出来る。出来る限り生きて生きて自分の情報を残すためのことなのだよ。呼吸、食事、それらは情報を残すために生きる、そのための行動なのだ」
「なるほど、生きれば自分のことを覚えてくれるわけですし…では、死ぬ理由は?情報が残せないじゃないですか」
夜羽の問いに、男は即答した。
「情報は溜め込みすぎるといずれ膨大に膨らみすぎて破綻する。だから、ある程度情報を残すことが出来たら、消却が必要なのだ」
「忘れることと、死ぬこと…の、理由がそれですか?」
「そう、情報は持っているだけではいけない。良質の情報を常に選び、劣化した情報は削除されなければいけない」
「情報がすべてなのですね」
「君はとてもいい聞き手だ。このテープもいい情報として残るだろう」
男はカラカラと笑った。

しばらく軽い談笑があり、
そして夜羽が問いを入れた。
「ではなぜ情報は残ろうとするのでしょう…」
笑っていた男が沈黙した。
そして静かに答えた
「…情報が、情報である故、残したく思うのだよ…」
「情報の本能…」
しばらくの沈黙があり、
椅子のひかれる音、男が席を立ったらしい。
「今日は有り難う、久々に饒舌になれたよ…」
そう言った男の声は何だか穏やかだった。

テープはここで止まっていた。

「僕はもう一つ問いたかったんだ…」
これは夜羽の肉声だ。
「生き物の生きる理由は分かった。でも、無生物はどうやって情報を残しているのか…無生物にも情報の本能があるのか…聞きたかったんだ…」
巻き戻しは終わり、夜羽はテープを戻した。


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