テープ19 屍体


「スタンド・バイ・ミー…って映画があったよね…」
夜羽はテープを片手でもてあそんでいる。
「あれの原題は『死体』だったというんだ…少年達が死体を捜しにいく物語…」
もてあそんでいたテープは、レコーダーにセットされた
「この話も少年と『屍体』の話…」
旧式のレコーダーが再生をはじめた。

「ふぅん、妄想屋っていうんだ…」
興味を露にした少年の声。
「そう、僕は妄想屋。人の妄想を記録して、また他人に聞かせる商売さ」
こちらは夜羽の声。
「儲かるの?」
「さっぱり」
「やっぱり」
少年はけらけらと笑った。
多分夜羽も苦笑いしている。
しばらくして、笑いがやみ少年が切り出した。
「あ、そうだ、僕も聞かせに来たんだっけ」
「そう、だからレコーダーを回しているんじゃないか」
「うん…」
しばらくの沈黙。自分の頭の中の事象を言葉に直そうと必死なのかもしれない。
それを知ってか知らずか、夜羽は問う。
「さて、君は何を聞かせに来たのかな?」
たどたどしく少年は単語をならべた。
「…おばあちゃんのこと…おばあちゃんの『屍体』のこと…」

「『屍体』…」
夜羽が繰り返す。そして、
「本題に入る前に、どうしてここに来たかの経緯から聞きたいね。始まりからたどっていけば、話しやすいだろう?」
少年は黙っている。
それでも夜羽は肯定の証を見たのか(少年が頷いたのか)そのまま話を進める。
「では、何故妄想屋になんか来る気になったんだい?」
「僕の見たことが、みんな、嘘だってされるから…」
「嘘、空想、幻想、妄想の類にされてしまうわけだね」
「うん」
「それでここに話しに来たわけだ」
「うん」
「おばあちゃんの『屍体』の事だったよね…」
「そう…おばあちゃんのこと…」
少年はどこから話していいのか迷っているらしい。
沈黙が降りる。

そこに夜羽が言葉を入れる。
「どんなおばあちゃんだった?」
「…僕がお盆やお正月に会いに行くと、お金をくれた…顔をくしゃくしゃにして笑うおばあちゃんだった…」
「どうして死んだの?」
「癌だとか老衰だとか、まわりの人が言ってた…」
「老いて体力のないところに、癌にでもかかったというところかな…」
「わかんない…でも、僕はお母さんに連れられてお見舞いに行ったんだ…おばあちゃんのところに…」
「お見舞いに行った」
「そこには…生きているおばあちゃんの『屍体』があったんだ…」
「生きている…『屍体』?」
「うん…おばあちゃんは生きていた…でも、『屍体』だったんだ…」

夜羽が具体的にどのようであったのかを聞く。
少年が答える。
「肌の色が…絵の具の黄土色そのものだった、そして…眼が…」
「眼が?」
「ええと…スーパーに売っている魚…パッケージに入っている魚の眼と同じ眼をしていた…濁っていて…」
「そのような状況から、君はおばあちゃんを『屍体』と認識した」
「うん…『屍体』だったけど…生きていたんだ…変わり果てていたけど…生きていたんだ…」
「そのようになっても生きていたとする根拠は?」
「手は…暖かかったんだ」
少年はぽつりとそれだけ言った。

しばらく二人とも黙っていた。
少年が独り言ともつかないように話し出した。
「やがておばあちゃんは本当に死んだ。僕がお見舞いに行ってから本当に間もなく…そして、お葬式の日、棺の中でおばあちゃんは眠っていた。あの時『屍体』だったおばあちゃんは、本当に『屍体』になったはずなのに、ただ、眠っているみたいだった…」
夜羽は黙っている。
「別れの挨拶をしなさいと言われた…棺の中に花を添えて…僕はその時…」
「その時?」
「おばあちゃんに触れていなかったんだ…触れられたのに…触れなかったんだ…。『屍体』の冷たさを僕は知らないんだ…今でも、おばあちゃんが眠っているような気がするんだ…」
「本当の『屍体』に触れていない…」
「きっと…おばあちゃんはどこかでまだ生きている。お葬式という大掛かりなお芝居をして、どこかで生きている、僕は冷たいおばあちゃんを知らないから…そんな事を考えるんだ…」
「生きているとしたら、どうしたい?」
「…肩を叩いてあげたい」

そして、沈黙が降り、テープが止まった。

「まだ暖かいのに『屍体』。『屍体』なのにまだ…か」
夜羽が呟いた。
「しかし、『肩を叩いてあげたい』…か」
片手でテープがもてあそばれている。
「やっぱり、彼はまだ少年なのかもしれないね…『死』に直面し切っていない少年…それがいちばん危うい年頃…かもしれないね」
夜羽が暗がりの中で笑ったような気がした。


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