テープ20 家族


夜羽は前置きをしないでテープの再生をはじめた。

若い女性の声からテープは始った。
「はい…でも、これは妄想といえるのでしょうか…」
「それはこちらで編集する時に決めます。まずは話してください」
夜羽に促され、女性は少し考えた。
「怯えることとか、杞憂でもいいのでしょうか…」
「性質にもよりますけどね」
しばしの沈黙、そして女性は話し出した。
「私の家族が壊れるのが恐いんです」

「家族が壊れる、とは?たとえば、家庭内暴力みたいなもの…」
「いえ、そうではなく、なんだか、象徴的に、『家族』という『もの』が壊れるのが恐いんです…」
「『もの』?」
「違うかな…『家族』自体が『家族』という『もの』を、同じ物を持った集合体…これも違うような気がするし…」
女性は何度も言葉を選び直している。
「とにかく、何かを共有している『他人』、それが何かわからないけど、それが『家族』…」
「それが壊れるのが恐い、と…」
「ええ」
「どのように壊れると思いますか?」
女性はしばらく考えた
「象徴的には…『家族』全員が写っている写真、あれが…端から燃えるような…あるいは…写真立てが壊れるような…」
「実際的にはつかめていないのですね」
「はい…」
消え入るような女性の声だった

「でも…」
と、女性が話し出した。
「なんだか『家族』が壊れそうな時、写真立てにひびが入るイメージが浮かぶんです」
「壊れそうな時、とは?やっぱり、関係がギスギスしている時などですか?」
「そうですね…ちょっとした口喧嘩、それでも、恐いんです…イメージが浮かんで…」
「写真立てが壊れる…」
「こわれちゃ…だめなんです…せっかく…せっかく手に入れた『家族』だから…」
夜羽が彼女のうわごとに割って入った。
ゆっくりと紡がれる言葉。
「何故『家族』が壊れるのが恐いんですか?」
彼女のうわごとが止まった。
いや、録音できないくらいの小さな声で何かを呟いている。
ちゃんと録音出来たのは、
「…私が、繋ぎ止めておかないと、私の形を崩してまでも…」
という言葉だけだった。

夜羽はそれをちゃんと聞き取っていたようだ。
「あなたがあなたでなくなっても『家族』を維持する理由は?」
女性の声が少しはっきり聞き取れるようになった。
「せっかく…手に入れたから…大事だから…」
「なぜ大事なのですか?」
「やっと手に入れたから…」
「『家族』は手に入れるものですか?」
「待っていてやって来るものではない…それだけは確か…」
問答が繰り返される。
「産まれた私のまわりには『家族』がなかったから…やっと『家族』が出来たから…壊しちゃいけない…父よりも、母よりも、まず私が『家族』を守らなくちゃいけない…」
一呼吸置き、夜羽が訊ねた。
「あなたがそうする理由は?」
「私が望んで手に入れたものだから…私のものだから…私の責任において守らなくちゃいけないから…」
女性の言葉は、後半、独り言のようだった。

夜羽は家族構成をきいてみた。
しかし、何ら特殊な家族構成ではないようだ。
そのあとしばらく黙していたが、不意に女性が話し出した。
「今…私は…」
少し間を置き、
「病気にかかっています。病気にかかってから、『家族』が壊れるような…イメージにひびが入るようなことも減って…なんだか病気でいることが幸せなんです…」
夜羽は黙っている。
「すっと私が、この病気にかかっていれば、『家族』は壊れない…ずっと私のもの…」
笑い声が聞こえた。

テープが止まった。

夜羽が巻き戻しをはじめた。
そして、ぽつりと呟いた。
「自分を歪めてまでそれに執着するものかな…」
呟いたその空間の中、夜羽は一人だった。


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