テープ21 環


夜羽は妄想テープを再生させた。
「彼の中ではすべては環になるらしいよ…」
テープはしばらく沈黙し、
やがて再生をはじめた。

「すべては生まれた場所に戻るんです…」
男の声…のようだ。
「生まれた場所…具体的には?」
こちらは夜羽の声だ。
飲み物で喉を鳴らす音。どちらのものかはわからない。
「…この星に地球に帰るんです」
「地球は生まれた場所ですか」
「ええ、僕達もここで生まれ、ここで育ち、ここに帰るんです…でも」
「でも?」
夜羽が問いかえす。
「僕らは帰りかたを忘れてしまったんです…」
悲しそうに男は答えた。

夜羽が問う。
「…死んで土に帰る、というのは違うんですか?」
「あれは帰れないから屍体になってしまうんです」
「あれは帰れていないのですね」
男は肯定した。
「はい…でも、人間と違って動物達はこの星に帰る帰りかたを知っている…」
「どうしてそう思うのですか?」
「動物の死体は…少ないでしょう」
「ええ…まぁ」
男が説いた。
「動物達は…死体を出すことなく…この地球に帰れるんです…人間が、束縛しない限り…」
「人間が…」
「人間がどうにかしない限り、動物達は地球に帰れるんです…」

「具体的には?」
「そうですね…鳥がいます。鳥の死骸は人間が殺したりしない限り出ることはありません。それは何故か…鳥は…空に帰るんです。老いた鳥が空を飛ぶ。その姿は僕らの眼から見るとだんだんと透けていき、やがて空の一部になってしまうんです。」
「鳥は空に、動物は…」
「動物は殺されない限り、死体を出すことなく、大地に透けて帰るのです。人間は帰ることを忘れてしまったから、老衰しても死体が出るんですよ…」
男は続ける。
「そして地球に帰った動物達は…魚も虫も、生き物はすべて、一度地球に帰って、また地球のどこかから生を受けます。地球のどこかから、植物かもしれない、新たな鳥の雛かもしれない、石かもしれない。僕らの知らないところで、生き物達は、『環』を作っているんです。地球を中心とした『環』を…」
そこで男は言葉を区切り、飲み物で喉を鳴らした。

「輪廻転生ですか?」
男はちょっと考えた。
「ちょっと違うと思います。僕は仏教に詳しくはないんですけど、輪廻はいくつもの世界…六道とかいいましたっけ?」
「さぁ…僕も仏教は門外漢なもので…」
「ええと…六道の中を生まれ変わりを続けて、その中で悟りを得たら、輪廻から解放される…というものだったように記憶しています」
「ほう…そうでしたか」
「うーん…そうだったと思うんですけど…」
男は言葉を濁した。やっぱり自信がないのだろう。
夜羽は構わず聞く。
「だから、あなたのそれとは仏教の輪廻とは少し違う、と…」
「地球の上で或いは中で、帰り、生まれが繰り返されるんです」
「あくまでこの星の上で」
「そうですね…」
男は言葉を区切った。

短い沈黙が降りた。
男が再び話し出した。
「或いは…僕ら自身が…この星の一部であり…構成している物質なのかもしれませんね…」
「ふむ…」
「地球は生命体。そこに帰ること、そこから生まれること…これは生きている限り忘れちゃいけないんですよ…」
夜羽は黙った。男は続けた。
「僕は…動物達のように…地球に溶けて帰りたいですね…誰も知らないところで…溶けて消えて…地球に帰りたいですね…」
少し区切り、男は続けた。
「『母なる地球』に…全ての生き物達と『環』を作って…」
夢見るように男は話を終わらせた。
夜羽はあくまで黙っていたが、最後に、
「ありがとう、これでこのテープも潤いますよ」
と、事務的に付け加え、録音を止めた。

テープの再生が終わった。
夜羽は巻き戻しをしながら呟いた。
「幸せな妄想ですね…」
そのあとは沈黙の中巻き戻し音だけが響いた。


妄想屋に戻る