テープ22 獣


「僕は君の飼い猫…ノドを鳴らす飼い猫…」
テープをセットしながら、夜羽は低く呟いた。
「そんな歌詞がどこかにあったなぁ…どこだったかなぁ…」
結局思い出せないまま、テープは再生を迎えた。

さしずめ、客が話をはじめようとしているところで、
夜羽がストップをかけて、テープの録音をはじめたというシーンだろうか。
「さ、これでよし、話し始めてください」
と、夜羽の声が入った。
「はい…」
「『それ』のことですよね」
「はい…」
卓上にコトリという音。『それ』は小さなものらしい。
「僕はここに『獣』を飼っています…」

まずは常識的観点から、夜羽が問う。
「僕には小瓶に入った黒い液体に見えますが…」
卓上に置かれたのは小さな瓶で、その中には黒い液体が入っているらしい。
中が見えることから察するに、硝子製なのだろう。

再生の合間に夜羽が耳打ちした。
「寒色系の黒いどろりとした液体だったんだ…紫色の強い…黒…そんな感じのものだった」

そしてテープは構わずに再生を続ける。
「これは僕の『獣』なんです…」
「『獣』…」
「正確には、僕の『獣』を溶かし込んだもの…ですね」
「では、あなたの言う、溶かし込んだ『獣』とは何ですか?」
「飼い慣らさなければいけないもの…飼い慣らせないもの達は…この中に溶かし込むんだ…」
「ふむ…達…ということは、いくつも溶かしたわけで?」
「いくつも溶かし込みすぎたから、こんなに真っ黒になっちゃったんだ…」
感情のかけらもなく、客は言い放った。

「では…溶かし込んだ『獣』達に名前があるのなら教えてもらえますか?」
「はじまりは…はじめに溶かし込んだのは…『憎悪』…」
「『憎悪』…」
「それから『痛み』『悲しみ』『飢え』『渇き』…邪魔なものは全部この中に溶かし込んだんだ…」
少し間を置き、夜羽が問う。
「今あなたは、何か飼い慣らせていますか?」
「飼い慣らせていますよ」
「何を?」
「その名前は『快楽』…と、いいます…僕の脳髄に住んでいます…」
やはり抑揚なく客は言葉を羅列させた。

二人は黙った。そして夜羽が話し出した。
「もし…その瓶が割れたりするようなことがあったら、どうなるのですか?」
客はしばらく考えた。
「あってはならないことです」
そして続けた。
「もしも割れたりしたら、僕は『獣』に食い殺されてしまうでしょう…彼らにそれだけのことを僕はしてきたのですから…」
「液体に溶かされた…『獣』達…」
「僕は殺されてはいけない…だからこの硝子の小瓶は、いつも持ち歩いて割れないようにしています…」
「持ち歩いたりせずに、金庫にでも入れておけば…」
「それではいけないんです」
客は否定し、続ける。
「それでは、飼い慣らせない『獣』が出た時に対処が出来なくなりますから…」
「なるほど…『獣』をいつでも封することが出来るように…」
「そういうことです」
客は肯定した。
そして、最後に付け加えた。
「でも…いつか…」
それ以降は消え入るようになり、録音されていなかった。

「思うに…『獣』っていうのは、飼うものじゃないのかもしれないよ…」
巻き戻しをしながら夜羽が言った。
「共に生きるもの…そう思うんだ。それを拒んだ時、バランスは崩れて全ては崩壊する…」
バーのどこかでガラスの壊れる音がしたような気がした。
「誰かがドジをしたかな?」
夜羽がいたずらっぽく笑った。


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