テープ27 堕ちる


「意外と普通の行動をしている中に妄想は潜んでいる…」
いつものように夜羽が前置きをする。
「これは繰り返し『堕ちる』妄想…」
再生ボタンが押された。

「僕の話を…聞いてくれるのですか?」
少年の声だ。
「こちらとしても、それが仕事ですから」
夜羽が答える。
「…今まで、僕の話をまともに聞いてくれた人がいなかったから…少し、嬉しいです…」
「光栄ですね。では…あなたの妄想を聞かせてもらえませんか?」
少年は軽く深呼吸をした。そして、
「僕が『堕ちる』んです」
と、告げた。

夜羽はそれを受け、
「『堕ちる』とは、堕落するのですか?落下するのですか?」
と、問う。
「落下するんです。どこまでもどこまでも…」
「それは夢の中の話ですか?」
「最初はそうでした…」
少年は少し間を置き、
「今は、目覚めていても時々『堕ちる』んです…」
「ふーむ…」
夜羽が少し唸り、二人はしばらく黙った。

「ではまず、最初は夢の中のことでしたね。それを話していただけませんか?」
「はい」
少年が記憶の糸をたどっているらしい。
「ええと…夢の始まりに…階段か何かを登っていて…突然足場がなくなって、ガクンと『堕ちる』ような経験ってあります?足場がなくなって、びっくりして、そして目覚めてしまう…」
「聞いたことはありますね。足を踏み外したりとか…ガクンとなるというのは…」
「僕の夢にはその続きがあったんです。大抵の人は『堕ちる』前にびっくりして目を覚ます。僕は続いてしまったんです…」
「ほう…どんな風に続いたのですか?」
「ええと…」
少年は間を置き、
「僕が歩いていた場所が突然崩れる、夢が崩れるんです。僕は足場をなくし『堕ちる』。そして、夢を構築していた残骸の中を僕は『堕ちて』いくんです…夢の破片にあたってはいけない、と、かわしながら、僕は『堕ちて』いくんです。どこまでもどこまでも…そして、夢の破片にぶつかりそうになった時、ガラスの壊れるような音がして…そこで僕は目覚めるんです」
「そうですか…そしてそれがはじまり…」
「はい。眠る度に、夢でこれが何度も続きました…」
「そして、今は現実でも『堕ちる』のでしたね…」
「はい…」
少年は力なく肯定した。

「僕が普通に歩いている。とたんに足元が崩れるような感覚に陥るんです。でも、僕は歩いている。僕の頭の中では、足場の崩れた僕が『堕ちる』んです…」
「それが現実で『堕ちる』ということですか?」
「はい、普通に生活をしていても、僕だけが感じられるところで、僕が『堕ちる』んです。夢の中と同じように、僕は『堕ちる』んです。でも、普通に生活をしているんです…」
「ではあなたは…あなたの感じる限りでは夢も現実もなしにただただ堕ちているわけですね」
夜羽のこの問いに、少年は答える。
「いつもではないんです。夢も現実も無しですけど、いつも『堕ちる』わけじゃないんです。ある時、突然『堕ちる』んです…他は普通なんです。でも、突然『堕ちる』んです…」
「なるほど…そして他人はそれをわかってくれない…」
「『堕ちる』のは、僕の中で起こっていること。僕だけが感じられることだから…誰もわかってくれません。でも、僕の中では『堕ちる』のは事実なんです…」

少しの間があり、夜羽が訊いた。
「『堕ちる』きっかけになったことを覚えていますか?」
「きっかけなんてありません…突然その夢がはじまって…それ以来僕は『堕ちる』んです…」
「ほんの些細なことでもいいんです…」
少年は考えているらしい。
「ゲーム…」
「ゲームがどうかしましたか?」
「少年が『堕ちる』ゲームがあると聞いたことがあるんです。そういえば単調に『堕ちる』のはゲームに似ているかもしれません…」
「あなたはその時、ゲームの登場人物の少年になって『堕ちる』と?」
「誰かがそのゲームをする度に、僕はその少年となって『堕ちる』。時間を問わず、僕は『堕ちる』」
「みんなあなたの感覚を利用して遊んでいる?」
「みんな僕の『堕ちる』感覚で遊んでいる…誰かがゲームをする度に僕は『堕ちる』何度も『堕ちる』…」

少年は、話を聞いてくれてありがとうございました、と席を立った。
入れ替わりに、テープに別の声が入った。
「客?聞かせてくれる方か?」
「そう、いましがた、妄想を聞いたところです」
「ふーん…」
「ネギぼーずさん、御用は?」
「いや、電網で面白いゲームが手に入ったんだ」
「ほう…?」
夜羽の声に興味の色が宿った。
「FallDown。少年がひたすら堕ちていくゲームなんだ。知り合いのところからもらってね…」

ブツッと音がして、
テープの録音はここで終わっていた。

「ネギぼーずさんの知り合いと、妄想を聞かせてくれた少年の関係なんて僕は知りません。そのゲームで少年は『堕ちる』のかもしれないし、全然関係ないのかもしれない。関係ない確率の方が高いんですけどね…」
夜羽はテープを巻き戻す。
「しかし、勧められて、そのゲームやってみましたが、暇つぶしには丁度いいゲームでしたよ…」
巻き戻す音が鳴っている。
「ネギぼーずさんから、ゲームの入手先のメモはもらってますが…アクセス先変わったようですけど…暇つぶしにいかがですか?」
卓上にメモを置き、夜羽は笑った。


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