テープ28 人形


「人の形と書いて『人形』…」
夜羽が呟く。
「これは、『人形』への妄想…」
テープはさらさらと流れる。

「妄想屋さんは『人形』って好き?」
「『人形』の形状にもよりますが、大概は好きですね」
テープはこんなやり取りから始った。
「僕は『人形』って好き。大好きだよ」
「ふむ、どんなところがお好きですか?」
「なんだか、『人形』っていうだけで、可愛いんだよね。でも、力なくクテンとしているあたりがなんとも…」
「なんとも?」
「うん、なんとも惨めでさ…あんなに可愛いのにこんなに無力でって…なんか、可哀相でさ…だから…僕は」
「だからあなたは…」
「だから僕は『人形』に刃物を持たせたんだ…」
客はそう言った。

「薔薇でさえ棘を持っているんだよ…なのに、あんなに可愛らしい『人形』達は何も自衛の手段を持っていないんだ…かわいそうで…見ていられなかったんだ…」
「刃物はあなたの優しさですか?」
夜羽が問う。間を置き、客が答える。
「…よくわからない。でも、いつも僕がみんなを守ってあげられるわけじゃないし、みんな自分で自分を守れる術を持っていないと、いざという時に困るだろ?」
「ふむふむ…」
「優しさといえばそうなのかもしれないけど、僕は『人形』達が武器を持つことが至極当然のことのような気がするんだ。だから、優しさよりも、親が子供におもちゃを与えるように、至極当然のことをしただけなんだ」
そう、客はすらすらとしゃべった。

「さて…」
夜羽が切り出す。
「ここ、妄想屋に話に来る人は大抵、他人に考えを理解されていない人です。あなたもそうですか?」
客が少し唸る。
「うーん…やっぱり理解されていないねぇ…『人形』に刃物を持たせたんだ。家中の人形に。そしたら、気が触れたのかとか言われたからねぇ…」
「家中の『人形』に…?大体何体くらいありますか?」
「数えたことがないですねぇ…とりあえずたくさん…『人形』たちの倉もありますし…近所からは『人形館』とか噂されているとか…」
「その数え切れない『人形』たちに刃物を持たせた…」
「刃物を買い揃えるのは大変でしたけど、なんだか、みんなで自分を守っていられるような気がして、僕はなんだか安心したんです。『人形』達も自分を守ることが出来るって…」
客は子を思う親のように呟いた。
「僕は『人形』たちと違っていつまでも生き続けることは出来ません。だから、僕が生きているうちに、『人形』達には守る術を持たせておかなければならなかったんです…でも…」
「でも?」
夜羽が問いかえす。
「最近、僕のように生きている『人形』を見かけるようになりました…」
客の声は、少し嬉しそうだ。

再び夜羽が問いかえす。
「生きている『人形』?」
「はい。『人形』なのに生きているんです」
「どんなものですか?」
「街でよく見かけるじゃあないですか」
夜羽が考え込んだ。
「電動式の『人形』じゃなくて…なんだろう…」
「わかりません?」
「わからないですね…」
客が答えを言う。
「街を歩いているでしょ。同じような服を着た『人形』達が…少年少女の姿をした生きた『人形』達が…」
「あれらは『人形』ですか…」
「生きている『人形』ですよ…力なくクテンとしている『人形』…彼らも『人形』だから…」
「だから、あなたは彼らにも刃物を勧めたのですね…」
客は肯定する。
「だって…生きているとは言え、自衛しなけりゃいけないじゃないですか…こんなに多くの『人形』を僕は全て守ることは出来ない。だから僕は刃物を持たせたんです…」
「『人形』達は刃物を持ってくれましたか?」
「自分のことは自分で守らなければいけないと説得すると、彼らは進んで刃物を持ってくれました」
これで僕は安心しました、と客は話を締めくくった。

客の話はそこで終わり、短い談笑のあと、テープは途切れた。

「『人形』は力がないから守ってあげる…でも、全ては守れないから、彼らに自衛の手段を持たせてあげる…ふーむ…」
巻き戻しをしながら夜羽は考え込んだ。
「そもそも『人形』に自衛という意志があるのか…それから、生きている『人形』たちは自衛のみにその刃物を使えるのか…聞きそびれたことはいっぱいあるんだ…」
これは僕にとっても、ちょっと心残りのある一本なんだ、と、言って
夜羽は巻き戻しの終わったテープをしまい込んだ。


妄想屋に戻る