テープ32 電網2


「与えられた情報から、「仮」にそう「想う」こと…それが『仮想』…仮想の象徴が『電網』…」
僕はそう解釈している、と夜羽は言って、続ける。
「『電網』の妄想に囚われた知り合いが、やっぱり話しに来たんだ…これはその時のテープ」
夜羽はテープを再生させた。

「やっぱり来ましたね。そろそろじゃないかと思ってましたよ。ネギぼーずさん」
夜羽の声からはじまる。
「妄想屋は、妄想に関してだけは鼻がいいらしいな…」
ネギぼーずと呼ばれた客が溜息とも笑いともつかない音を漏らした。
「なんとなく、ですよ」
と、夜羽は笑った。

「調子はどうです?」
夜羽が問う。
「表面上は良くもなく悪くもなく、内面では結構壊れている。そんなところだ」
「壊れていますか?」
「いや、自分で壊してるんだな。多分」
「どうしてまた…」
「さあ…マゾヒストなのかもしれないな…或いは…」
ネギぼーずはここで言葉を区切り、
「電網空間では、少し壊れていた方が注目を集めやすい…僕がそう思い込んでいるのかもしれない…」
「相変わらず電網ですか…」
それにネギぼーずは肯定し、
「そう、相変わらず僕はネギぼーずという人物を電網空間に置いている…そしてそれを曝している…」

「電網に向いていないんじゃないですか?ネギぼーずさんは…」
「さぁ…そう思ったこともあるけど、結局電網空間にいるところを見ると、向いていないこともないんじゃないかと思うよ…」
「そうですか?時々無理をしているようにうつりますが…」
ネギぼーずは苦笑いをし、
「人からそう見えるなら、やっぱり無理しているんだろうなぁ…」
と、言った。
「そうまでしてなぜ、電網空間にいるんですか?」
夜羽の問い。ネギぼーずは答えた。
「待っているんだ…或いは、探してるんだ…電網空間で…」
静かに、ぽつりと答えた。

「何を待っているんですか?」
「答える義理はない」
にべもなくネギぼーずは言い放った。
「ふむ…そう言うならしょうがないですねぇ…でも…」
「でも?」
「ネギぼーずさんの求める探すに関わらず、あなたには支えが必要なんじゃないかと思いますが?いかがでしょうか?」
ネギぼーずは黙った。
「支えといっても色々ありますけど、精神的な支えとか…」
ここまで夜羽が話し、ネギぼーずが割り込む。
「夜羽、それをどこで聞いた?」
「いえ、僕の見解ですけど…」
「そうか…」
「なにか?」
ちょっと間を置き、ネギぼーずは話した。
「いや、ちょくちょく言われるんだ…僕には支えが必要だ…と…」
そして続ける。
「僕はその支えを、僕を支えてくれる腕を、僕を守ってくれる人を…電網で…僕が仮想する空間で…」
最後の方は、言葉になっていなかった。

「電網にあるのは情報だけ。人はいませんよ」
夜羽はやけにきっぱり言い放った。
「そうだな…電網にあるのは人の流した情報だけ…僕はその情報から、思うんだ…」
虚ろにネギぼーずは言う。
「情報から…僕の探しているものがあるんじゃないかって…僕の…」
夜羽が言葉を遮った。
「自分の傷をわざわざ広げることはないでしょう。あなたは電網に思うところがある。だから電網にいる。電網に、自分の求めるものがあるという…」
「そういう妄想に取り付かれているんだよ。僕は。そして僕は求めるものがないことも、薄々感づいている」
「支えならありそうなものですが…」
「いや、僕は…仮想ではなく、本物がほしいんだ…」
ネギぼーずはくすくす笑うと、
「ないものねだりってこの事だな…」
と、呟いた

テープの録音はここで終わっていた。

「ネギぼーずは今のところ、波のように鬱と正常を繰り返しているんだ。鬱になると、こんな事も出てきてしまう次第なんだ…」
音声の入っていない部分のテープがさらさら流れるままになっている。
「とにかく、早く鬱から立ち直ってもらいたいものですね…軽い鬱だから、そう時間はかからないと思いますけど…でも、鬱が治っちゃったら、妄想屋に来てくれなくなるかなぁ…」
ふーむ、と、夜羽は悩むしぐさをした。
テープは空の部分も律義に再生しきって、停止していた。


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