テープ33 前世


「自分が生きる前に、自分が生きて…死んでいたこと。多分それが『前世』…」
夜羽はテープのタイトルを簡略に解説した。
「このお客は、何度も『前世』を体験してたらしいんだ…」
タイトルの解説されたテープはレコーダーにセットされ、
やがて再生が始った。

「私は私である前、私でない生を生きていました…」
女性の声だ。
「僕はあまり難しい言い回しが好きではありませんが…つまり、あなたには『前世』があったということでいいのですか?」
「はい。私には『前世』がありました」
「それを話しに来たわけですか?」
「はい。『前世』なんて妄想だと言われて、誰も話しを聞いてくれなくて…それならばと思って…」
「なるほど、妄想のレッテルを貼られたからここに来たのですね」
「はい。私の『前世』は妄想ということにされてしまいました…」
女性の受け答えは妙に機械的だ。

「では、どんな生を生きていましたか?覚えているところだけを、かいつまんで話していただけますか?」
「はい…」
と、女性は言葉を区切り、やがて優しそうな声で言葉を綴る。
「私は浜辺を歩いていました…白い服を着て…白い獣を連れていました…」
「ふむ」
優しい女性の声は続ける。
「そこから、私は町を見ました。海を背にして、町を見ました。とても裕福で、平和で、笑顔とお祭り騒ぎが絶えない町でした」
「すみません、時代的なものはわかりますか?」
「…ギリシア神話の様な感じ…それ以上はよくわからないです」
「どうも、少しイメージがつかめてきました。続けてください」
「はい…。私は平和なその町に何か贈り物をしようと思いました。でも、満たされているようなその町に、何を贈っていいか、わからないでいました。そこに…」
女性はいとおしそうに続ける。
「黒い人が空から降りてきたんです…」

「黒い人ですか…心理学者が聞いたら、さぞかし色々な意味付けがなされそうですね…」
夜羽は苦笑した。
「まぁ…それで、黒い人が私の前に降りてきたので、私は黒い人に相談をしました」
「町に何を贈ったらいいか…を」
「はい。黒い人と白い私は考えて、ある物を町に贈ることにしました。その町に欠けていたものを…まず、黒い人は、その町に贈り物をするため、私に翼をくれました。水銀で出来た翼でした。重い翼でした…」
夜羽は黙っている。
「水銀の翼は重かったけれど、この翼があるから私はその町に贈り物をすることが出来ました…」
「何を贈ったのですか?」
夜羽が訊ねる。客はうっとりとして答える。
「その町に欠けていたもの…破壊、混乱…その他諸々の悪意…そして、滅び…」
「滅ぼしたのですか…」
「ええ」

「黒い人は滅びを見届けると、空に帰っていきました。私もあとを追おうとしましたが、水銀の翼は重くて、空は飛べませんでした。黒い人は言いました。「また会える」と…」
「また会える…ですか」
「私は何回も生まれ変わりをしながら、黒い人を探しています。また、黒い人と一緒に欠けたものを贈るために…」
「黒い人の姿は変わっているかと思われますが?」
「大丈夫です。私は会えばきっと黒い人だとわかります…それに」
「それに?」
「会えば…ずっと身体の中に仕舞われていた水銀の羽が、よみがえるはずですから…今度こそ、飛べるはずです…あの人のくれた水銀の羽で…」

沈黙が降り、
「以上ですか?」
と、夜羽が問う。
「はい。以上です」
と、無機質に女性は答えた。
テープはここで終わっていた。

「水銀の羽かぁ…きらきら光って奇麗そうだけど…」
夜羽は続ける。
「でも、水銀って有毒なんじゃなかったっけか…だとしたら少し、象徴的なのかもしれないね…」
そういって夜羽はいつものようにテープを停止させた。


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