テープ36 枯葉


これは枯葉が散る季節に聞いた妄想。
公孫樹や紅葉なんかがすごく奇麗な季節だったと記憶しているよ…
夜羽がそう前置きをした。

レコーダーから声がする。
「寒くなってきましたよね…暖かいものでも飲みます?」
「カフェ・オ・レを…」
飲み物を勧めたのが夜羽、もう一人が客らしい。
夜羽はマスターにそれを注文した。
しばらく間があり、やがて卓上にカチャリと音がした。
「どうも…」
「では、話を聞かせていただけますか?」
客がズズッと飲み物を飲んだらしい。
そして話し出した。
「僕は手伝いをしています」
「何のでしょう?」
「力ないものが消滅をする手助けをしています…」

「では、具体的にはどんなことをしていますか?どうも抽象的でよくわからないんですけど…」
「全然抽象的じゃないですよ。言葉通りですけど…」
「ピンと来ませんねぇ…」
それを受けて、客は言葉を選んで話し出した。
「例えば…、このくらい寒い季節になると、木々が落葉をしますよね…」
「そうですね」
「力ない枯葉を僕は潰して、消滅する手助けをしてあげているんです…」
「消滅ですか?」
「土に帰れば取り合えず消滅です。そのまま枯葉として存在するよりはずっと景観はよくなるでしょう?枯葉がそこらに存在するのは…力ないものがそこらに存在するのは、正直、うざったいですね…」
「なるほど…でも、その枯葉の事は、『例えば』なのでしょう?」
「そう、例えばです…」

「その枯葉に当たるのは何だったのですか?」
「力なくその辺に存在するもの…うざったいもの…」
「それに値するもの全てとみなしてよろしいんでしょうか?」
客は肯定した。
「力ないものを潰す。くしゃくしゃと乾いていて、容易く潰れる…僕はそれらを潰す。目障りなそれらを潰す…とても目障りなんだ…僕の視界にそれらが存在する事はいけない事なんだ…とても目障りなんだ…」
「視界に力なく存在するものがあるということが、あなたにとってよくないことなのですね」
「存在悪ですよ…だから僕は僕の眼の届かないところへ…土の中に奴等が帰るように仕向けてやっているんだ…僕の力で…奴等を潰さなければいけない…」
「『例えば』枯葉…他には?」
「老人、障害者、能無し、考える事の出来ない者…」
客は吐き捨てるように言い放った。

「奴等は土に帰って、僕らのような一般の人間達に少しでも役に立つべきなんだ。存在自体が僕らにとってとても負担なんだ。土に帰ってしまえばいい…僕らに負担をかけないように…」
「そういう人間達もあなたが潰しているのですか?」
「僕が手を下している節もあるけど、僕がわざわざ手を下さなくても、『世間』が役に立たないと評して、土に帰るように仕向けていってくれているよ…僕の手間も少し省けるというものだね」
客は続ける。
「福祉が云々とか言ってるけど、結局みんなして厄介なものはいらないんだよ。枯葉が土に帰るように、奴等も土に返すように…世の中はそんな風に動いている。僕もそう動いている…奴等を潰して土に返すんだ」
「福祉ってそんなものですかねぇ…」
「みんな、潰したがっている…力ないものを潰して、視界から消滅させようとしている…」

しばらくの間があり、
「ところで…」
夜羽が口を挟む。
「『みんな』ですか?」

「僕がそう考えているんだ。みんなそうに決まっている!」
「逆じゃないですか?もしかして…」
「逆だって?」
「『みんな』という、曖昧なものがあって、あなたはそれに何となくしたがっているだけだとか…」
「そんな!そんなことはない!」
客が激昂している。
夜羽はあくまで静かに話す。
「あなたは本当に自分で考えたのですか?メディアを通じてそんな風に考えるように仕向けられたんじゃないですか?」
客がぎりぎりと歯を軋ませているのが聞こえる。
「本当にあなたは『枯葉』潰す側に立っていますか?いつか何かの拍子にあなたが『枯葉』の側に立つこともありうる訳ですけど…」
歯軋りが聞こえなくなった。
「あなたが大衆である限り、多くの葉の中の一葉に過ぎません。葉はいつか枯れ、枯葉になり潰れます」
「それでも僕は、役に立たなくなった者を潰して、僕らの視界から…」
「あなたが潰しているのじゃないですよ、あなたが潰さなくても、いつかは土に帰るものですよ…」
「僕はその手助けを…」
「それこそが自己満足、妄想ですよ」

録音はここで終わったらしい。

お説教くさくなったけど、やっぱりお年寄りと枯葉を同格に置くのが許せなかったんだ…
それも自己満足なのかもしれないけど、
やっぱり、少し、許せないものはあるんだ…
そう言うと、夜羽は恥ずかしそうに苦笑いした。


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