テープ37 焔


焼き尽くす焔。生物は無意識にそれを恐れている…
しかし、彼女はそれを見据えているんだ…
夜羽はそう言うとテープの再生ボタンを押した。

「では、話していただけますか?」
いつものように夜羽の声がする。
「話しても…どうせ理解されない事です…」
女性の声がする。
「取り合えずそれをサンプリングするのが僕の仕事です。さ、話していただけますか?」
夜羽が促す。
客はしばらく黙っていたが、意を決したように話し出した。
「焔が見えます…」
そう、一言だけであった。

しばらくの沈黙が降り、まずは夜羽から話し出した。
「焔…ですか…」
沈黙があった。客が黙って肯定の証をしたのだろうか。夜羽は続けた。
「なるほど…ええと、炎の親戚ととってもいいでしょうか?」
客はまた黙って肯定したらしい。
「ふむ…見えるというのは…どんな感じなのでしょうか?実際に焔がなくても見えるのですか?」
「はい。見えます。でも、ここでは見えません。もっと人の多い一般的な場所でよく、焔が見えます」
客が静かに答えた。
「どのような感じでしょうか?」
「まず、私の見える空間がどこからともなく一斉に焔をふきます。私は熱いとだけ思いますが、実際に熱を感じてはいません」
「ふむ」
「人々はそれに気がつかないように談笑したり歩いていたりしますが、その、焔が吹き出た瞬間…瞬間的に焔にまみれた人々が逃げ惑う瞬間が見えます。でも、その瞬間が過ぎると、焔も何時の間にか消えて、そこにはありきたりの空間しかないのです…」
「なるほど、あなたは瞬間的に焔の吹き出た空間を見るのですね」
沈黙が降りていた。客は黙って肯定をしたらしい。

「焔を見た時、あなたはどう思いましたか?」
夜羽が訊ねた。
「焼き尽くされる…そう思いました」
「焼き尽くされますか…」
「ええ、でも、この焔の中を駆けていかなければいけないような気がしました…」
「ふむ」
「眼をしっかり見開いて、焔を見つめ、逃げていく人間達の逆を走っていかなければいけないような気がしました。私はここを駆けていかなければいけない…と…」
「焔の中を駆けていく…危険ではないのですか?」
「危険だと多分私は承知をしています。それでもいかなくてはならない気がするんです…」
「どうして?」
「焔の向こうに私を待っている人がいる気がするんです」

「その人は救助を待っているのですか?」
「そうなのかもしれないし、違うのかもしれません…」
客は曖昧に答えた。
「瞬間が見えるだけなのですけど、その人が焔の向こうにいるような気がするんです…」
「瞬間の向こうにその人がいると思われるのですね」
客は肯定をしたらしい。
「その人はあなたが危険を冒してまで助けたい人なのですか?」
「そのような気もします…或いは、そうするのが当然のような気もします…」
また客は曖昧に答え、続ける。
「私は多分、瞳に焔を宿して緋色の眼になって焔の中を駆けていきます。その人に会うため。助ける助けないでなく、その人に会うため。逃げ惑う人々を躱しながら、焔の中を駆けていきます…焔の見える瞬間瞬間の中に、私のそんな意志が錯綜するんです…」
「焔の瞬間を幾つも重ねると、そんな事が導き出されたのですね」
客は黙って肯定したらしい。

「では、お話は以上でしょうか?」
「はい」
客はこれだけは声に出して肯定した。

テープはここで終わっていた。

彼女は重ねた焔の瞬間の果てに何を見出すのだろうか…
ともかく、僕は話を聞くだけ。焔を見据えた彼女の話をサンプリングするだけ…
夜羽はそう言ってテープを巻き戻しをし始めた。


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