テープ38 仮面


これだけ妄想を掻き立てるような題材が、今まで妄想屋に並ばなかったのが不思議だけど…
とりあえず、仮面に関する妄想だよ…
夜羽はそういって、テープを再生し始めた。

「『それ』は外した方が音声は取りやすいんですけど…」
夜羽の声がする。
「いや、これはつけたままでいたいんだ…」
くぐもった…何かに遮られた向こう側からのような客の声がする。
「ま、強制はしませんがね…この程度なら、聞き取れない事もないでしょう」
「どうも」
客は礼を言った。『それ』を外さなくてもよいという心遣いに対してだろうか?
「『これ』は外してはいけない…」
「どうして外してはいけないのですか?」
「私が決めたからだ」
「どうしてそう決めたのですか?」
「私の顔の皮がはがれてしまうからだ」
「『それ』と一緒に?」
「そう、『これ』と一緒にだ」
客が続けた。
「この、『仮面』と一緒に…」

「そもそも、その仮面と出会ったのはどうしてなのですか?」
客は唸って、記憶をたどろうとしているらしいが、
「済まない。失念した」
「では、記憶にないくらい前から仮面をかぶっているのですね」
「そういうことになるらしいな」
くぐもった声は事もなく答えた。
「しかし…」
「しかし、何でしょう?」
「かぶる瞬間の事はぼんやりと覚えている」
「ほう…」
「かぶらなくてはいけない。お前はお前を隠して『これ』にならなくてはいけない…と、頭の中で鳴り響いていたような気がした。気がついたら、私の顔の感触は木彫りの『これ』の感触になっており、私の手からは仮面は消えていたんだ…」
「義務感ですか?」
「命令されたような気がしたが、義務や何かではなく、私の意志のような気もした…」
客は何となく曖昧に答えた。

「まわりの人たちは、その『仮面』には疑問を持っていないのですか?」
「誰も何も言ってはこない。もしかしたら、見えないのかもしれない」
「顔に触れる方とかもいるのではないですか?」
「いや、それでも誰も何も言わない…妻も娘も…」
「では、あなただけが『仮面』を感じているのですね」
「そういうことになりそうだな」
客は肯定した。くぐもった声で。

「仮面をつけている時って、どんな気分ですか?」
ふむ…と、客は考え込み、
「舞わなければならないと思うな…」
「舞を?」
「うむ」
「能か何かですか?」
「いや…そうではない」
客は少し言葉を区切り、続けた。
「私は、この『仮面』の役を演じて、軽快に拍子を取りながら、生の舞を舞う…」
「ふむ…その役の人生を舞うわけですね」
「そうだな。この身体が骸になるまで、私はこの『仮面』の舞を舞い続ける…もともと、『仮面』自体が、違う者を演じるためのものだからな…私は私でないものであり続ける。それもまた良いと思うよ…」
「そうですね…それもまた良しですね…」
夜羽は素直に肯定した。

「ところで、『あなた』はどこにいってしまったのですか?」
夜羽は妙な問いを投げかけた。
「私はこの『仮面』だよ。あのとき、顔の皮膚ごと取り込まれてしまったんだ」
「だから、『仮面』を外そうとすると、皮膚がはがれてしまう…と?」
「もう、『仮面』と私は同化しているんだ。それ以前に、誰も私が『仮面』をかぶっていると気がつかない…」
「そんなものですよ。人間の流れる場所は特に…ね」
夜羽は意味深にかえした。
「ところで、どうして君は私が『仮面』をかぶっているとわかったんだ?」
くぐもった声で客が訪ねた。
「職業柄でしょうかねぇ…あなたのような人を見るのも、少なくはないんですよ…」
夜羽はそう曖昧に返した。

テープはここで終わった。

僕も仮面は好きだよ。南方の極彩色の仮面も、日本の能面も、ハロウィンのお化けの仮面も…ね
みんな仮面をかぶれとは言わないよ。でも、やっぱり奇麗な仮面ってあるよ。
そう思う時、人は仮面に魅入られたのかもしれないね…
そこまで言うと、夜羽はくすりと笑った。


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