テープ39 破片


何も難しいことはないね…壊れたかけら、それが破片だよ…
硝子の破片なんかきれいだけどね…
夜羽はそう言うと、テープの再生ボタンを押し、アルコールの入ったグラスをしみじみと眺めた。
そんな夜羽にお構いなく、テープは音を再生し始めた。

「僕は破片です」
客の…若い男だろうか?その声からはじまった。
「あなたは破片ですか…」
「はい、僕は破片です」
「破片とは、何かが壊れたものの一部なのでしょう?何の一部なのですか?」
「わかりません。でも、僕は何かの一部だったのです。そして今、僕は破片なのです」
男の声は確信を持っているようだった。

「とりあえず、何が壊れで自分という破片ができたのかはわからないのですね」
「はい、まだよくわかりません」
夜羽は客の感覚を捉えようとしている。
「でも、僕のような破片がいっぱいいて、それらとともに僕はもう一度…その…何かを、再構築しなければいけないんだと思っています」
「ジグソー・パズルみたいなものですか?」
「パズルは何と繋がるか、その破片に幾つ繋がるかがはっきりしていますが、僕という破片には、幾つ繋がるかが予測できないのです…」
「何を繋げていくかもわからない破片なのですね」
「そういうことなんです、僕は、訳のわからない何の破片かわからない歪な破片なんです」
ふむ…と夜羽は考え込む。
そして客も黙った。

「…妄想屋さん…」
「あ、はい。何でしょう?」
夜羽はまだ考え事をしていたらしい。不意をつかれた形になった。
客は構わず続けた。
「僕と合わさるはずの破片と僕とは、ちゃんと一つになれると思いますか?」
「ふむ…あなたという破片と、以前「なにか」だった時に繋がっていた破片とは…再び繋がれるのか…ということですか?」
「そういうことです」
「ふーむ」
夜羽はまた考え込み、
「硝子や瀬戸物なら接着剤が必要ですけどねぇ…」
「僕は破片でも一応生体です…どうなんでしょうね…」
「生物無生物の関係なく、一度壊れたものは、完全に元の形を取り戻す事はないかと僕は思いますが…」
「また、別のものとして再生を試みるか…」
「そうなるでしょうね…」
客は考え込んだ。そして呟いた。
「僕達は、再び一つになる事は出来ないのかな…」
至極悲しそうに。

「あなたと合わさるべき破片は見付かりましたか?」
「いえ…まだ」
客はボソッと呟いた。
「人間こんなにいますものねぇ…」
「どれもがそうのようで、どれもが違うような気がします…」
「では、まだ見付けていないんですよ」
夜羽はそう言い、続ける。
「あなたと合わさるべき破片を見付けてから、どうやって繋げるのか、考えた方がいいんじゃないですか?」
「そうですね…願わくば、拒絶反応がお互いに起こらない事を…」
「僕からも祈りましょう。アーメン」
夜羽はその名を冠している者にしては珍しく、祈り文句を唱えた。

テープはここで終わった。

彼が破片を見付けられたかは知らない。
でも、自分が欠けたものだと思って、欠けているところを補おうとするのは、よくある妄想だよ。
いや、事実なのかな?僕にはどっちでもいいんだけどね…結局…
夜羽は巻き戻しボタンを押して、遠くを眺めていた。何を見ていたかはわからない。


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