テープ41 思い出


この街の知り合いが、僕に話を聞かせてくれたんだ…
ここがバーだという事もあって、このバーの常連になっている…酒屋さんのお話だよ…
夜羽はそう前置きをした。

「どや?美味いやろ?」
妙な関西弁…多分でたらめであろう。男の声がする。
「確かに、美味いけど…僕向きじゃないかもね」
「せやなぁ…夜羽向きやないかもなぁ…」
「置くか置かないかは、マスターに訊いてくれ。それと…その妙ななまり、どうにかならないのかい?」
「ええやん!ワイがどないな言葉つこおうても」
「でたらめでしょう…それ」
男は呵呵とわらうと、
「せや。でたらめや」
と、悪びれずに言い放った。

「地元の人間が聞いたら、逆上するよ…その言葉づかい…」
「そんときゃそんとき。今がよけりゃそれでええ」
夜羽は溜息をついたらしい。
「…で、無駄口叩くだけなら、テープ切るけど?」
「わーったがな!話しゃええんやろ!」
「そう、話せばいいの」
男は咳払いをする。
「改まらなくてもいい」
「いちいちうるさいがな…えー…ワイは酒屋をしとる。酒屋ちゅーても置いてあるんは普通の酒とはちゃう。ワイは…思い出を瓶に詰めて、酒としてうっとる…」

「では、どのような思い出なのか、聞かせてもらいましょう」
夜羽が話を振る。
「うーむ…どこから話したもんか…とりあえず、人間の頭ん中の思い出やない」
「思い出といっても、脳内の記憶ではないのですね」
「せや」
酒屋の男は短く肯定をし、続けた。
「ワイが瓶に詰めとるのは、物の記憶や…」
「椅子とか机とかの記憶ですか?」
「うーん…それも出来ないこたぁあらへんやけど…ワイの家系は代々、建物ん記憶から酒を造っとる」
「家やビルとか…ですね」
「せや」
「どんな風に?」
夜羽が訊ねる。
「建物ん中…どこでもええけど、一等、人がおったとこに瓶を持ってワイが立つ。ワイは建物ん中に神経張り巡らして建物ん中の思い出を引っかき集める。思い出を凝縮さして、液体にしぃ、瓶に詰めりゃ完了や」
「ほうほう…」
夜羽は素直に感嘆したらしい。
「で、さっき僕に飲ませたのは、どこの思い出だったのですか?」
「お伊勢やねん。お神酒っぽかったやろ?」
「道理で…合わないと思いました…」
夜羽は苦笑いした。
酒屋は呵呵と笑った。

「大抵は壊す予定やったり、閉鎖しはるようなとっから思い出取ってくるんやけどな、お伊勢だのは取っても取っても、思いがしみついとるさかい、こいつは例外や」
酒屋はそう、説明をした。
「壊す直前の人気のない建物…そんなところからですか?」
「せやな。大抵はそないなとっから取ってきとる。そーゆーとこからとったんは、後味が奇麗なんや…」
「この間のやつもそうでしたっけね」
「ああ、『遊園地』やろ?」
「そうそう、それそれ」
夜羽が嬉しそうに相づちを打った。
「閉鎖しおる遊園地…やっぱ美味かったやろ?」
「哀愁が最後に残るのが好きなんですよ。僕は」
「で、辛口苦手やろ?日本酒もだめなてーたらくやしなぁ…」
「体質なんですよ」
夜羽はどこか憮然として答えた。
「まぁええ、今度、『金閣寺』でも一杯…どや?爺様の最高傑作やさかいな」
「そのうち、ご一緒しましょうか」
「おおきに」
嬉しそうに酒屋は答えた。

テープはここで終わっていた。

でたらめな関西なまりの酒屋が、本当に思い出から酒を造っているかどうかは知らない。
なまりと同じく、話もでたらめなのかもしれない。
でも、彼の酒屋で置いてある酒は、どれもこれも美味しいんだ…本当に、思いが溶け合っているかのように…
ありきたりの酒に酔い飽きたら、彼のところを訪ねてみるといいよ。僕の名前を出せば、それなりの酒を出してくれると思うからさ…
夜羽はそう言うと、意味深に笑った。


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