テープ43 羊


このテープを録音した頃、町はクリスマスムードでいっぱいだった…
きっとどこかの教会で言っていたに違いない…
「迷える子羊達よ…」って…
そのフレーズに思うところがあったのか、夜羽はくすりと笑った。

テープは静かに再生されていた。

「では、話していただきましょうか?」
夜羽が言った。
話の合間には、ラジオからだろうか、クリスマス・年末を思わせる曲が流れていた。
「サンタが町にやってくる…ですか?」
客が問う。曲を聞いており、夜羽の言葉は耳に入っていないようだ。
「そうですね…そういう時期ですからね…」
「ああ、そう言えば…先程は…なんでしたっけ?」
「話を聞かせていただきましょう…と…」
「ああ、そうだそうだ。私は話を聞かせに来たんだ」
客はすっかり失念していたようだ。
「こんな曲を聞いていると…聞こえなくなって、安心するんですよ…」
「何が聞こえなくなるのですか?」
客は、ふ…と溜息をつき、
「羊達の鳴き声ですよ…」
と、言った。

「『羊達の沈黙』ですか?」
夜羽が映画のタイトルを言った。
「いいえ…関係はないと思います…」
「確かあれも、耳の奥で羊の鳴き声がこびりついているというのがあったかと思いましたが…違うんですか」
「…多分」
客は曖昧に答えた。
「まぁ、いいでしょう」
夜羽は話を切り替える。
「羊の鳴き声を直に耳にしたことはおありですか?」
その問いに客は少し考え、
「…多分、聞き流したと思いますが…あると思います…」
と、また、曖昧に答えた。
「その時聞き流したという事は、羊の鳴き声はたいした意味を持っていなかったというわけですね」
「…はい。多分…」
客は答えた。
沈黙の向こうではジングル・ベルが流れていた。

「今は羊達の鳴き声は聞こえないんでしたね…」
「はい」
「何故ですか?」
「クリスマスソングに耳を傾けていると…聞こえないんです。何故かは分かりません」
「きっと、クリスマスソングだけではないでしょう…」
夜羽は妙に確信を持って訊いた。
「讃美歌でもそうなのではないですか?」
「ああ!」
客が感嘆の声を上げた。
「そうなのです!そう、讃美歌でもそうなのですよ!」
「なんだか、大当たりのようですね…」
夜羽は咳払いを一つすると、
「では、あなたが訊いている羊達の声は…聖書の迷える子羊…或いは、神によって屠られた生け贄の子羊…でしょうかね。どうも、聖書関連のようですしね…」
「多分…違います」
客は否定した。
「ほう?」
夜羽の声に興味が宿った。
「どんな羊の声なのか…わかるのですか?」
「わかります」
客はそしてはっきりと答えた。
「造られた…クローンの子羊です…」

「クローンですか…なるほど」
「造られた羊は泣いています『僕はどうしてここにいるの?』『どうして僕は産まれたの?』意味を無くしてさまよい、僕の耳の奥で泣いています…」
客は黙った。
静かに第九が流れている。
第九の合唱がやみ、ハレルヤが流れ始めた。
再び客が口を開いた。
「神の造らなかった羊…聖書を足蹴にする羊…意味を持たない羊…」
「その羊達がどうして讃美歌で泣き止むのでしょうか?」
「それは…私もそうなのですけど…」
と、客は前置きし、
「許されている気がするんですよ…何に許されるのかは分かりませんが…何を許されるのかも分かりませんが…ただ、許されているよう…だと」
夢のように客は言って、話を締めくくった。

テープはここで終わっていた。

宗教的な事はあまり好きじゃないんだけど、ま、とりあえず入れておいた次第だよ。
彼の羊はいつになったら泣き止むのか…それはわからない。
許される時かもしれない。でも、結局それも妄想かもしれないけどね…
夜羽はそう締めくくった。


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