テープ44 鳥篭


この妄想は…まぁ、聞けばわかるよ。
夜羽はそれだけ言った。
レコーダーは静かにまわった

やがて再生が始まる。
「鳥篭…」
「鳥篭がどうかしましたか?」
「鳥篭がなくちゃいけないんだ…」
客はうわごとのように、呟く。
「どうして鳥篭がなくちゃいけないんですか?」
夜羽は問う。
客は答える。
「鳥篭を『使う』と家に戻れるからなんだ…」
「鳥篭を『使う』?どのようにですか?」
「使うのは使うんだ。使ったと思えば使ったという事なんだ」
夜羽は唸る。感覚がつかめないらしい。
「鳥篭を…まぁ、『使う』と家に戻れるんでしたね…」
「そう、家に戻れるんだ。草原の中にぽつりと浮かぶ、あの、小さな赤い屋根の家に戻れるんだ…」
客の話はどんどん展開されていく。
夜羽は感覚を追う事を諦めて、客の話しについていくだけにしたらしい。
「赤い屋根の家には誰がいますか?」
「家族はいない。仲間たちがいるんだ…そう、気のいい仲間たちだった…」
客は言葉を紡いでいる。夜羽はそれを聞いている。

「私と仲間たちは鳥篭を持って出かけたんだ…鳥篭があれば、すぐに戻れるからな…どんなに遠くを歩いていても…そう、山の中を歩いていても…山の中を…山道を歩いていったんだ…」
「鳥篭を持って、山道を歩いていったのですね」
「そう、山道を歩いていき、私達はすでに使われていない線路に出たんだ…スタンド・バイ・ミーのように、私達は線路を歩いていったんだ…線路はさびていたが、私達は怖くなかった。線路から落ちたとしても、そこには雲があって、私達を柔らかく受け止めてくれるはずだからだ…」
「雲が受け止めてくれるのですね…」
「そう、聖母の腕のように柔らかく、しっかりと受け止めてくれるから大丈夫なんだ」
客の話はどんどん広がっていく。
「私達は線路の果てを目指していた。鳥篭を持って、新緑の草と花と、線路の下に広がる雲の中を楽しげに歩いていきながら、私達は線路の果てを目指した」
「何故目指していったのですか?」
「鳥篭がある限り、すぐに家に戻れます。だから、どんどん遠くを目指す事が出来るんですよ…」
客は一息ついた。
飲み物を飲んだらしい音が聞こえた。

少しの間があった。

「私達は…線路をたどって海を目指していました…」
「海を…」
「青い青い…『あの時』の海です…」
「あの時…とは?」
「『あの時』はあの時です。素晴らしかった時なのです…」
「想い出の海ですか?」
「そう、記憶と想い出の海なんですよ…潮風さえも懐かしく…そう、線路の果て…最後のトンネルを抜けようとしていた時…その風が吹いてきて…私達は海が近い事を知ったのです…」
「ふむ…」
「そしてトンネルの最後…抜けた先の海が見えてきた時、私達は駆け出しました…しかし…」
「しかし?」
「トンネルの果てには、あいつがいたんです!」
客が語気荒く言い放った。
「あいつとは?」
「憎むべき人です。決して許してはいけません!私達はそいつに追われていたのです!」
そんな事は一言も言っていなかったが…と、夜羽が思ったかどうか。
「私はあいつと対峙しました。あいつはたくさんの人間を引き連れている…だから、私には勝ち目がない。だから…だから私は…」
「鳥篭を使おうとしたのですね」
「そうだ!鳥篭を使おうとしたんだよ!」
卓上で、バンッという音がした。客が卓上を叩いたらしい。
激昂しているのだろうか?
しかし、客は弱々しく言った。
「でも…鳥篭はなかったんだ…鳥篭は青い青いあの時の海に消えてしまったんだ…私だけを残して…」
「あなたはそしてどうしたのですか?鳥篭を失ったあなたは…」
「憎むべき奴等の為すがままになった…そして私は鳥篭を失ったまま、放浪を続けているんだ…戻るべき家も失い…仲間も失い…私はふらふらと、ここへ来たんだ…」
「そうでしたか…なるほど…」
「鳥篭…鳥篭がなくちゃいけないんだ…」

テープはここで終わっていた。

妄想が彼を呼び寄せたのか、そんなことはどうでもいい。
しかし、鳥篭に憑かれる気分って、こんな感じなんでしょうかねぇ…
夜羽はそう言って、テープの巻き戻しを始めた。


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