テープ46 彼女


先日、『藤色』という妄想を取った時に思ったんだ…まだ、繋がる妄想があるんじゃないかって…
案の定、あったよ…『鳥篭』『藤色』に続く三連鎖のトリだ。
では『彼女』ごゆっくり堪能下さい…
夜羽はくすくす笑った。
夜羽が前置きでこうやって笑う事は珍しい。きっと、自分の予想があたった事が、よほど嬉しいのだろう。

「彼女はシャワーを浴びています」
唐突に客の話が始まっていた。
この前にも話があったのかもしれない。しかしそれは録音されておらず、話は淡々と進む。
「シャワーを浴びているのですね」
夜羽も唐突に話が始まる事については触れることなく、話を進めていく。
「はい、露出した、粗悪な配水管から漏れる、霧のような水をシャワーとして浴びています。そこは、ビル…というにはあまりにも廃れた建物の階段の踊り場で…天井に露出した配水管の水を、彼女は浴びています…」
「ビル…彼女…」
夜羽が繰り返す。客は続ける。
「彼女の足元には、配水管から漏れている水の所為で、湿気が高くなっており、苔が生しています…」
「そんなところで、彼女は水を浴びているのですね…どんな感じで浴びているのですか?」
「はい、彼女は白いシャツを着ています。顎を心持ち上に向け、シャツを身体にはりつけ、気持ちよさそうにキタナイ水を浴びています…」
「彼女は本当に気持ちよさそうだったのですか?」
「はい…常識からは考えられないでしょうが…」
客はここで言葉を区切り、
「彼女はすでに、常識のいらない場所に精神を飛ばしていましたから…」
「狂っていたのですか?」
「いえ、常識のいらない場所に精神を飛ばしただけ…眼はこの世界を見ていない、この世のものを見てはいない…それだけのことなのです…」
客は静かに言った。

「僕はそれ以上、彼女を見ている事は出来ませんでした」
「どうしてですか?」
「僕にはすべき事があったのです」
「何を為すべきだったのですか?」
「僕は自分の父親の右手を取りに、火山灰の降る中を駆けていかなければならなかったのです。僕の父親は力があった。だからバラバラにされた。僕は父親の右腕を取りに行かなければならなかったのです」
「父親の腕のある場所は分かっていたのですか?」
「僕は知っていました。だから、彼女にこれ以上構っている事は出来ませんでした。階段を滑るように駆け降り、熱帯雨林で政府とゲリラが戦っている真っ只中を駆け抜け、僕は腕に到達しなければならなかったのです。僕の白い腕は、父親の黒い腕を手にしなくてはならなかったのです…」
「そこまでする必然性が…あったのですね。きっと」
「どんな危険を冒してでも、僕はその手を手にしなくてはならなかったのです。それが僕の決着の付け方であり…僕がすべき事だったのです」
客はきっぱりと言い放った。
しかし、そうすべき理由は言わなかった。

「やがて…僕は腕を手にとり、外でトラックに乗って待っていた仲間たちと合流してきました…僕はトラックの荷台に乗り、そのまま僕らの家を目指しました。火山灰はまだ降り続き、線路に沿って火山灰は移動していきます…線路の上空は火山灰で灰色の雲が出来上がっていました…相変わらず、政府とゲリラは熱帯雨林で戦いを続け…そして…」
客はきっとここで遠い目をした。
「彼女はきっと、世間体を気にする両親によって、羽毛のようなタオルにくるまれたでしょう。外では戦いが続いているというのに…僕はそれ以上考えるのをやめました。明日もまた、どこかへ僕達は行くのでしょう。そうだ、あの山を越えて、海へ行こう…トラックの荷台で、僕達はそんな会話を交わしました…未来なんて…未知数のままで構わないと思いながら…彼女の瞳のような、ぼやけた光彩のままで構わない…」
客はそこで黙った。
「以上ですか?」
「はい」

テープはそこで終わった。

僕からは何もないよ。
お客がここに来て妄想をかたっていった。それがたまたま繋がっていた…
まぁ…珍しいけどありえない事じゃない。予想があたったのは妙に嬉しかったけどね…
そして夜羽はくすりと笑った。


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