テープ48 間違い


そもそもこの世の中は間違いだらけで歪んでいる。
だから、僕みたいな妄想屋なんていう職業があったりするんだけど…
気がつかなければそれでいい。正しいと思えばそれでいい。そうすればそれが真実だから…
でも、間違いや歪みに気がつく事…それもまた、当人にしてみれば真実なんだ…

テープは廻る。音声を乗せて。

「ネギぼーずの知り合い?」
「はい」
「ですよねぇ…でなきゃ、ここに来れるわけがないからなぁ…」
「あの…話してよろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ。出来るだけ電網系にもわかってもらえるように、フィルターにはがんばってもらいますから」
「フィルター?」
「僕のこのいる場所を電網に乗せるために言語変換してくれるものですよ。この空間をそのまま電網におくことは不可能ですからね…出来るだけ電網に乗せながら、言語によってこの空間に近いものを編むものですよ…あんまり性質はよくありませんけどね…」
「はぁ…」
「あ、無駄話が過ぎましたね。では…どうぞ」
夜羽が促した。
「わかりました」
客は話し出した。
「僕のこの身体は…間違えています…」

「間違えている?」
夜羽が聞き返した。
「はい、間違えています」
「例えば?」
「例えば…僕の腕とか…体格とか…どう思います?」
「ふむ…」
夜羽の声が途切れた。しげしげと見ているのかもしれない。
「腕は二つ。目鼻口も標準数ついているかと認識しますが?」
「そうじゃなくて、僕という男性の性別として見て、間違えていると思いませんか?」
「なるほど…」
「腕は細いし…ウエストも細すぎるし…」
「細いだけなら、標準じゃないでしょうか?」
夜羽が問う。客が答える。
「いえ…身体だけの問題じゃないんです…」
「精神も?」
「精神というより…なんとなく、心が…僕は女性じゃないから断言できないんですけど…」
客はここで言葉を切った。
「男性的というよりも、女性的であるような気がするんです…」

「なるほど…」
「別に、男性が好きというわけじゃないんです。でも、ただ漠然と、女性的だと…」
「たとえば、感傷的であるとか、叙情的であるとか…あ、これは偏見かな…」
「そんな風に言葉にならないんです。ただ…漠然と…」
「女性的である…と」
客は黙って頷いたらしい。
夜羽が続けた。
「まぁ、このごろ性差のラインが引きにくくなってきている事は確かですね。男らしい・女らしいが曖昧になってきている事は僕も感じてはいます」
「でも、僕は…やっぱり間違えているような気がするんです…」
「違和感ですか?」
「そうですね…なんだか、この性別を持っている事が何だかすごく、不自然な事のように思えて…かといって、性を転換するような気も起こらないし…」
「そこまでする必然性はない?」
「いえ、転換しても残ると思うんです…この、違和感は…多分…」
客はここで言い澱み、
「遺伝子まで埋め込まれているような気がするんです…」
諦めたような声で、客は言った。

テープはここで終わり、夜羽が停止のボタンを押した。

性別なんか関係ないような気がするんだけど、
やっぱり、気にする人は気にするんだろうね。
間違えていると諦める人、間違いを正そうと足掻く人…
色々な人が生きていて、この世の中は歪んでる。僕はそれがとても素敵だと思うんだけど、どうだろ?
夜羽は少し笑った。


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