テープ50 不自然


ある年の新年早々、妄想屋仕事始め早々、
うるさい南半球帰りが、店に来たんだ…
苦笑いを口の端に浮かべながら、夜羽はテープを再生した。

「どう?こっちは寒かったか?」
「とりあえずぅ、オーストラリアよりは寒いんじゃないでしょうかぁ?」
「夜羽…いやみ…」
「べつに、いつもと同じですよ。ネギぼーずさん」
必要以上に愛想のいい夜羽の声がする。
「確かに気温は向こうの方が高いだろうけどさ…」
「何か不都合でも?リゾートを楽しんできたんじゃないですか?」
「…夜羽、どことなーく、言い方に棘があるぞ…」
夜羽は、「べつにぃ」とかわした。
「ま、いいけどさ…リゾートといえばリゾートだったのかもしれないけど…」
ネギぼーずはここで明らかに言い澱んだ。
「…不自然さに嘘寒くなったな」
ぽつりとネギぼーずは言った。

「不自然?どこの話ですか?」
「オーストラリア、ケアンズは東に空路700km。ハミルトン島っていう小さな島さ」
「そんなに辺鄙なら、かえって自然が残っていそうなものですが…」
「草、樹木、動物…自然というものがそれらを指すのだとしたら、『それら』はある」
「自然があるのが…不自然?」
「うん…不自然だ。嘘で固められた感じのする島だったな。『ここで楽しみなさい』と言われているような気がして…リゾートを人の手で…何というか、楽しむ『べき』場所を捏造されたような…」
ネギぼーずは必死に言葉を捜している。
「例えば…遊園地のアトラクション…」
「わかるようなわからないような感覚ですねぇ…」
「僕だってがんばって、少ない語彙で表現しようとしてるんだから!」
「ふむ…それで、不自然だったと…」
「そう、あれは不自然だった…ホテルの設備が、なまじっか整っていたから尚更不自然。アトラクションのように完全に人工のものにしてしまうか、自然を自然で残しておくか…どちらかにしてもらいたかった。或いは…」
「或いは?」
「いや、これも僕が感じた事なんだけど…あまりにも生活感が無さ過ぎたな…って…」
「そこを見ていないだけでは?」
「そうかもな…でも、作られたものという印象は、最後まで拭う事が出来なかった…波の無さ過ぎる穏やかな海。そこに浮かぶ模型のような島々…」
「リゾートなんて、得てしてそういう物では?」
「うん…でも…」
「でも?」
「折角異国に行けるのならば、その国の生活を感じてみたかった。街を歩くとか、市場を覗くとか、僕はそういう方が好きなんだよなぁ…無国籍なリゾートっていうリゾートじゃなくてさ…」
「ゼータクな悩みと言っていいですか?」
「あ…ごめん…」
ふぅ…と、夜羽は溜息をつき、
「まぁいいでしょう」
と、取り合えず話を区切った。

「やっぱり今回の旅行は、釈然としないものがあった」
蒸し返すようにネギぼーずがいう。
「不自然の事ですか?」
「いいや違う」
きっぱりとネギぼーずは否定をし、
「あちこちで日本語が通じ過ぎる!こればっかりは釈然としなかったな。うん」
「はいはいそーですか…」
そこでふと夜羽が思い出したように訊ねる。
「そうだ!オーストラリアのワインは美味しいって聞いているんですけど…どうでした?」
「あー…悪い!ワインの違いなんて分からないから…」
「そうですか…そうでしょうね…」
「カクテルなら、独自のものなんかがあって…って、これはテープ切った方がよくないか?」
「そうしましょうか…で、アルコールは…」
テープはブツッと録音を止めた

年末年始、ネギは南半球ですごし、妄想抱えて戻ってきた。
さて、あなたの年末年始は如何だったのかな?
夜羽はそこでテープを停止させた。


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