テープ53 小鳥


鳥がいる。
いわゆる小鳥と呼ばれる小さな鳥だ。
そして、それは飼われている。
人間はその小鳥の向こうに何を見るのか…

「ペットはお好きですか?」
客の問いかけから始った。
「いや…この街のペットショップはロクな物を売り付けないので…ペットと聞くと警戒してしまっていけませんね」
「おやおや、それは残念な人だ」
いかにも人がよさげな客の口調である。
「ペットはいいですよ。下手な人間と話すよりも心が安らぐし、こちらの言葉で傷つかない…」
「ほぅ…」
「私はペット無しの生活なんて考えられませんね」
そう言う客に夜羽が問い掛けた。
「失礼ですが、何を飼っておられるのですか?」
「小鳥を一羽…飼っています」
客は答えた。

「小鳥…ですか。無論篭に入れてでしょうね」
「ええ…まぁ」
客は歯切れが悪い。
「何か引っかかるような事でも?」
「いやね、狭い鳥篭の中じゃ、苦しいだろう、ひとりぽっちじゃ寂しいだろうとは思うんですよ…かわいそうな小鳥、私が飼ったゆえに空を無くした小鳥…」
客の呟きには、どこか歌を歌うのに似た、作られたような感傷があった。
夜羽はそれを感じ取ったらしい。
「本当にそう思っていますか?」
問い掛ける。
「空を飛ぶように造られた小鳥にとって、空を無くすのがきっと一番辛い事なんですよ…」
「小鳥の不幸を貴方が感じられるのですか?小鳥でないのに?」
夜羽の再三の問い掛けに、客は折れたらしい。
「それこそ妄想なのかもしれませんね…」
「いえ」
夜羽が否定する。
「今までのは、多分、誰かの言った言葉から生じたものです。ただの追随幻想です。さて、貴方の真実をお聞かせ願いましょうか」
客はしばらく惚けていたようだが、
「エゴ…そう、すべてエゴなんだ…」
客は呟き、話を再スタートさせた。

「ペットはお好きですか?」
「諸事情ありましてね…あまり好きではありません」
冒頭と同じような会話である。
ただ少し違うのは、客が冒頭ほど、いい人に感じられない事だろう。
「それは残念ですね…ペットはいいですよ…」
客は区切りを入れると、
「何といっても、私がいなくては生きていけない。私に隷属をしなければ生きていけない、哀れで矮小な生き物…そう、生き物なのですから…」
「失礼ですが…何を飼っておられるのですか?」
やはりこういうパターンになった時の儀礼としてなのだろうか?夜羽が同じ問いを投げかける。
「奇麗な声で鳴く、小鳥を一羽…」
その小鳥の事を思い出したらしい。客は、くっくっく…と、笑った。

「篭の鳥はいい声で鳴きます…とても素晴らしい声です。そしてその声は、私が篭に入れている事で維持できるのです…」
「篭に入れている事で?」
「そう、篭で守ってあげているから、小鳥は安全でそして快適な生活を保証されているのです。そのような空間であるから、篭の鳥は美しく鳴けるのです」
「美しい鳴き声は貴方の手により…ですか」
「いや、それこそエゴなんだ…」
「自我ですか?」
「それこそが私のエゴイズムなんだ!」
「利己主義という奴ですか…」
「そう、私は小鳥を閉じ込めた!私が矮小な命を守っているという…そんな歪んだ満足感を得るために!小鳥は私の手の内にある。私のこの手で…あの命を…生き物を…殺す事も可能だという、そんな満足感を得るために!」
ふふっ…と夜羽が笑った。
「ようやく貴方の事が聞き出せたみたいです…でも」
「でも?私を責めようというのか?」
「いえ…例えば、案外、小鳥に利用されているのかもしれませんよ…安全と快適な環境を提供するための道具として…ね」
客は黙った。
そして、録音出来るか出来ないかの声が最後に入った。
「それでもいいかもしれない…」

テープは途切れた。

ただ生きるだけの小鳥一匹に、人は様々の事象を見る。
優越感、隷属、なんでもいい。
小鳥はそんな事を構ってはいない。ただ生きているだけ。
事象が見えるのは…人の持つ妄想なんですよ…
夜羽はテープを、そう、締めくくった。


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