テープ57 揺らぎ


この妄想はちょっと特殊かもしれない。
複数の人間が同じ事象について、様々の事を語っていったものを編集してみたんだ。
ラベルにつけてあるタイトルは、あまりあてにならないかもしれない。
それでも、聞いている僕は面白かったから、こうして店頭に出す次第。
じゃ、再生するね。

夜羽は少し長めのカセットテープをセットすると、再生の三角の印のついたボタンを押した。

まず一人め…夜羽が呟いた。
テープから聞こえる、テノールと言ったらテノールに悪いような高くて貧弱な声。
しかし、語気は強い。
「私達は正しい」
彼ははっきりとそう言った。
「あなた…『達』が?」
夜羽はわざと『達』を区切ってみたらしいが、客は意に介さないようだ。
「そう、私達は正しい」
夜羽の軽い溜息が聞こえる。
そして、
「あなた達は正しいと…」
どうやら同じフィールドに立って話を進めにかかるようだ。
「そう、私達は正しい。私達は強者だ。だから正しい。私達は絶対的多数ではない。しかし、絶対的多数の迫害にも負けることなく、彼らが何といおうとも揺らぐ事のない正義を私達は持っている」
「絶対的多数は強者ではなく、また、正義でもないのですね」
「そう、私達は揺らがない。流れに乗る事を良しとしている輩とは決定的に違う。私達は川に流れる木の葉のような、流れるばかりの主義主張は持っていない。私達が正義だ。世間はそれをわかっていない。しかし、私達が揺らぐ事無き正義。そして、私達が勝者だ…」

続いて二人め…
落ち着いた少年の声。声変わりをしかかっているようである。
完全に男性的ではないらしいが、子供…とはその口調からも言いがたかった。
「みんな、自分が正しいと信じて生きているんですよ。だから、自分の都合のいい情報しか信じようとしない」
「そんなものですか?」
夜羽の問い返しに、
「そんなものですよ」
少年は返した。
「だから基本的に人間は、主義主張が似通った人間を味方とするんです。まぁ当然ですけど。そして、その味方同士で凝り固まって正しいと主張するんですよ。一人で正しいとわめくよりも、誰かが『それ』は正しいと一緒になって証明してくれた方が心強い。そんなものなんですよ」
夜羽はふぅんと感嘆ともなんともつかない声を漏らした。
「無論、そういう人間達は、自分に都合の悪い情報を信じない。躍起になってその情報を否定する。信じられない、認められないを連発して…そう、聞いた事ありますか?」
「何をです?」
「信じられないと一度言う度、天使が一人死ぬ…と。主義に凝り固まった揺らぎのない人間は、天使を殺しています。何十人も何百人も…」
少年はここで息をつき、
「そうやって言葉の大量虐殺をした挙げ句の果ても、都合の悪い情報を否定しきれなくなった時、どうなると思います?」
「さぁ…」
夜羽は気のない返事をする。こういう返事の時は、言葉の裏で続きを促している。
少年はそれを嗅ぎ取ったのか、続ける。
「簡単な事です。信念や正義・主義主張がぐらぐらと揺れるんです。弱いもの程よく揺れる。硬いものほど、揺れた時の被害が大きい。心も身体もぐらぐらと揺れます。そしてその揺らぎをどうするか…それは各々の選択に委ねられています」
「選択…ですか?」
「そう、揺らぎを自分という存在の幅に変えるか、或いは揺らぎというもの自体抹消するか、または、揺らぎに飲み込まれてしまうか…あなたなら如何します?」
少年はクックッと笑った。

そして三人目だ…
「僕は揺らぎません。なぜなら、揺らぐものがないからです」
客はそう話をはじめた。そして続けた。
「僕は空っぽなんです」
夜羽が怪訝そうに問い掛ける。
「空っぽ…とは?」
「その通りです。僕の中は空っぽなんです。主義主張などを持たない…あるのは記憶、それから知識…どんな事柄があろうとも、それは知識という情報の一端。何も僕に響かないのです…」
「言うなら…森羅万象は全てデータである…と?」
「そういうことになります」
「まるで、コンピューターみたいですね…」
「そうですか?」
「何だかそんな気がしただけです。お気になさらずに…」
客はちょっと沈黙していたが、やがて、また話し始めた。
「僕は空虚です。揺らぎません。それは、人として生きていくにあたり、何だか重大な事を見落としている気がするんです。知識は多い方がいい。そう、データは豊かな方がいい。しかし、人間はデータの集合体であるけれども、それだけでしょうか?」
客は自問を続ける。
「情報同士の葛藤。主義主張の弱肉強食。主義主張の争いほど、人間にとって醜い事だと言わざるをえませんが、それがある事により、データは揺らぎ、予想だにしない結果を生む。揺らぎはブラックボックス。何が生まれるかわからない。人間はそれを抱えて今まで歴史を構築してきたのではないでしょうか?」
そして客は最後に一言、
「僕も揺らぎが欲しい…」
そう締めくくった。

ここで、夜羽はテープをとめた。

僕は未知数大いに結構。
妄想屋にとっては歓迎すべきだと思うしね。
でも、主義なんかの『押し付け』はいやだねぇ…とくに、知ったかぶりのは。
あ、これも押し付けになっちゃうのかな?不快になってしまったら、ごめんなさい。
とにかく、人間うじゃうじゃ生きてて、それらが山ほど妄想抱えてる。
僕はこの時代に生きててよかったと思うよ。
夜羽の帽子に隠れた表情はわからないが、見える唇がにっこりと笑った。


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