テープ59 線


ちょっと前、ネットワークみたいなものを題材にしたアニメがあったと聞いたんだ。
レイン…とかいったかな?
まぁ、それと関係あるのかどうかは知らないけど、
これは、線の妄想…

「千の線…地の恥…すべて区切られている…」
「区切られているのですか」
「そう、区切られている。この地に彼の者の血が染みたその時、地は呪われ恥となった。人のその地を区切った。千の線をひいて区切った…まるで肉を部分に腑分けするように、憎しみあいながら人は線をひいた…」
「ふぅん…」
夜羽の声色は感動の色がない。
あまり興味を持っていないのかもしれない。

「線をひいたそこから裂けた。そう、咲き誇れ悪の華。華々しく散る命は意のままになることを知らず、白々しい嘘はそのまま憎しみの糧となり、かつてそうだったように殺しあい、愛のなんたるかを見失う。失せしものは…またかえらず人はまた線をひく…己の境界を作るために…」
「難解ですねぇ…」
妄想屋が音をあげた。
「それは簡単。至極単純な事なんだ」
客は言う。
「みんな区切りたがっている。自分であるための線をひきたがっているのだ…」
「ここまでが自分だという境界…ですか?」
「そう、千の線をひいている…喜びながら、或いは嘆きながら。人は線をひく。自分の領域をつくり、侵されないように。そこが聖域であるように…」
「やっぱり難解ですね…」
夜羽は苦笑いする。
「難解か。何回も反芻し給え。その積み重ねが罪を摘み取る。その時線は立ち消え、そこに理解が立ち上がろう」

「ええと…うーん…」
夜羽はうなった。何を問いかけていいか迷ったものかもしれない。
ちょっと間を置き、夜羽は問いかけた。
「線を立ち消すといいましたよね…具体的にはどうしたらいいのでしょうか…。たしか、罪を摘み取るといっていたような…」
夜羽らしくなく、幾つか聞き逃しをしていたらしい。
「最初の罪を摘み取り給え…原罪は現在進行形だ」
「原罪…アダムとイヴですね」
「そう、知恵の実の千重にも重なる恥…それは罪。そして次の罪…彼は彼を殺し血で地を呪った…」
「カインとアベル」
「そう、兄弟殺し…人は呪った。地を呪った。そして呪われた地から己を区切ろうと必死になった。呪われしものの一部ではありたくない。そして人は神以外の畏怖を持った。聖であらざるもの。呪であるもの。それは地。或いは地の一部であるもの。そこから区切るために人は線をひく…千も万も線をひく…」
「呪われたものではないと、自分を区切ろうとする…と」
「そう、人が呪ったにもかかわらず、人はその呪いを解けない。解けない呪いを放置したまま人は線だけを増やす。聖域は己のみ。他のものは区切られていないかもしれない。呪われたものと同一かもしれない。そうして疑心が生まれ、人は人にも線をひいた…」
客は言葉を区切り、何かを飲み、また続けた。
「人は線をひく。神がかつて混沌から事象を区切ったように、人は線をひいて区切る。人は神に似せて作られた。だから神のまねびをする。しかし…」
「しかし?」
「区切られた線は、同時に繋がれている線。何もわかっていない。何も理解していない。線を増やせば増やすほど面となり、区切られているようでもその実は繋がれている。腐った鎖…血の地の呪い…それこそが線というものの属性なのだよ…」
そして、客は溜息をついた。

テープを止め、夜羽も溜息をついた。

もう、旧約聖書がモチーフなのかもしれないけど、難解もいいところ。
まぁ、妄想が理路整然としている事ってなさそうだしさ…これも妄想。妄想の一種。
しかし…聴いていると、脳に汗かきそうだよ。これ。
そう言うと、夜羽は苦笑いした。


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