テープ61 世界


人は誰しも、自分の外と内に世界を持っている。
その危ういバランスの中に自己を置き、
どうにか日々を生きている…
そう…それは、とても曖昧なバランスなんだ…

テープは再生される。

「やがて私は世界になりましょう…」
丁寧な言葉づかいの…女性である。
聞く人が聞くならば、女神のような声ともとる人がいるかもしれない。
「世界になりますか…」
夜羽は、少しの沈黙…いろいろ考えたのであろうが…そのあと、それだけを言った。
「そう、世界になります。私を中心に回るという俗物な物ではなく。私が世界になりましょう…」
「『朕は国家なり』?」
「象徴でもありません…」
静かに優しく…それでいてキッパリと断言をされた。

「ところで…世界になるというのはどういう事なのでしょうか…?」
夜羽が問う。
「今はまだ感覚的なのですが…」
客が何かを辿りながら話し出す。
「私の持つ内の世界…『想い』と、外の世界…『物質』が私を通じて一つになります…接点は私…構築しているのは私…私は私でありながら同時に世界でありましょう…」
「ふぅむ…」
夜羽は今一つ納得していない節があるようだ。
「…いうなれば…私の外のものは私の上に存在をする『世界』…世界である私が抱き留めている表の世界…」
「うーん…あなたが地球で…その外のものが地表にあるものと…そんな感じですか?」
「そんなものでしょう…どこまでも優しく抱き留めている世界…私がそれになりましょう…すべては私の上に存在をし…すべては私から生まれましょう…」
客は何かの詩を歌うように語った。

「やがて…私は膝を抱えたまま眠りに就きます…世界になるため…世界の核になるため…」
「世界の核…」
夜羽は反芻した。何か、感覚らしいものがつかめたのかもしれない。
「暖かい波に包まれて、私の意識と私のまわりに存在をするものは同調し、私は溢れる優しさのままに、世界となり、めぐみを表に表しましょう…」
「たとえその世界で争いが起きても?」
「争いなんか起きません…そこは私の世界だから…私が想い、私が創造する…私の世界でしょう…」
「まるで楽園というやつですね…」
「そう、私は楽園を作りたいのです」
客は嬉しそうである。
夜羽は軽い溜息をついた。
「…どんなに悪名高い独裁者でも…楽園を思わない日はないという事なのでしょうか…」
「独裁者などではありません…私が世界ですわ…」
客は多分、微笑みすら浮かべながら言った。

間があり、夜羽と客が何かを注文したらしい。
客が何かを飲んで…溜息をついた。
「本当は…」
客が話し出す。女神というよりも、一人の女性という声で。
「私がいつもいる…大切なものだけ閉じ込めている…いえ、私が閉じ込められている…あの部屋だけがすべてでいいとさえ思うの…私の世界はそれだけでいいの…」
客は苦笑いを交えて溜息をつくと、
「それことあるわけのない事…妄想なのね…」
そうして、黙った。

テープは止まった。

世界に意志があるのかは知らない。
あるとすれば、案外勝手な意志なのかもしれない。
僕達の内の世界=想いだとすれば、その勝手さがよくわかるんじゃないかと思ったりするね。
夜羽はテープをもてあそびながら言った。


妄想屋に戻る