テープ63 螺子


ま、僕の関わるここでは、いろんな職種がある。
斜陽街を歩いてみたのなら、すぐわかると思うけど、
これを話に来た彼も、君達から見れば少し変わっていると思えるかもしれない。
これはその彼と螺子(ねじ)のお話しだ。

テープは再生される。

「僕は螺子師です」
その彼はそう自己紹介をした。
「螺子師ですか…聞かない職ですね」
多分夜羽は素直にそういった。
螺子師の彼はそうして自分の紹介をはじめた。

「僕達螺子師は螺子を回す事を生業としています。正確に言うならば螺子回し師なんですけれど…いつのまにか螺子師に落ち着いています」
「螺子を…どんな螺子を回すのですか?」
夜羽の問いには、普通の螺子ではないだろうという含みがあった。
螺子師は多分夜羽の期待にこたえた。
「頭の螺子を回します」
彼はいたって普通であるようにそうこたえた。

「頭の螺子というのは…一種の慣用句ではないのですか?」
「いえ、頭には螺子があります。見えないと思うから見えないだけであり、見ようと思えば見えるのです」
見えると思えば見えるというのは、一種の妄想であると夜羽が思ったかどうか…。
彼は続けた。
「僕達はそれを専門に学ぶ螺子学というものを修め、そうして螺子師になります」
「そして、頭の螺子を扱うのですね」
「そうです。僕の場合はこの十字レンチで頭の螺子を回します」
ゴトリと重たげな音がした。その道具を卓上に置いたのだろう。

「頭の螺子はどんな役割をしているのですか?そしてあなたは、その螺子をどんな風にしているのですか?」
「そうですねぇ…頭の螺子は感情的なものから、脳の働き如何までいろいろなところに影響を及ぼしています。この螺子が締まりすぎると、まぁ、俗に言う神経質になる。緩みすぎると、判断力がおちる…僕はその螺子を中庸の状態に保つようにしています」
「過ぎたるは尚…ですか」
「そういうことです」
螺子師はその言葉にわずかの機嫌の良さを滲ませた。

夜羽が何かを注文し、
ゆったりと時間が流れた。
螺子師は多分グラスを傾け、何かを飲んだ。
そして言葉が流れる。
「ただ…」
「ただ?」
夜羽が問いかえす。
「ただ僕達にも、商売敵がいまして…」
「同じ螺子師ですか?」
「いえ、螺子泥棒というんですけど…感情や感覚を螺子にコントロールされるなんてナンセンスだと…螺子を外してします輩の事なのです」
「それはそれは…」
「奴等のいう事にも一理はあるかもしれません。しかし、螺子が頭にある以上、それは必要なものであるに違いありませんし、僕がそれを扱う限り、螺子泥棒は仇なのですよ…」
螺子師はそして「大変な仕事ですよ…」と、溜息を付いた。

テープはここで終わっていた。

仕事に貴賎ないって言うよね。
妄想屋もそうだろうし、彼、螺子師もそう。
需要がある限り、職業は生まれる。
僕は妄想がある限り、彼は螺子がある限り…廃業にはならないのさ。
…どんなに不況でもね。
と、夜羽はちょっと笑った。


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