テープ65 映像


何となく聞いた事だけど、人が一生に触れる情報の大半は視覚情報らしいんだ。
これは、視覚情報に翻弄された人のお話。
彼にはこれが真実。
僕にはこれは妄想なのさ…

夜羽はテープを再生した。

高感度マイクなわけでもないだろうが、妙に高い音が入っている。
そう、テレビを再生している時の、耳を凝らさないと気がつかないくらいの高音だ。
やがて、ボリュームを上げたのか、何かの司会者らしい音声が入る。
ニュースかワイドショーだろうか?
音声はあまりよくない。時折ノイズが入る。
おそらく、携帯型のテレビか…それに近いものであろう。
「話に来たのではないですか?」
夜羽の声がする。
注意がよそに移っているので、そう言ったらしい。
「いえ、これをつけていないと落ち着かなくて…」
弁明の声がする。客らしい。
「…テレビがお好きですか?」
夜羽が問う。
客が答える。
「ええ、これなしでは生きていけません」
…と。

「テレビのどこがお好きですか?」
夜羽の問い掛けに、客は用意されたようにぺらぺらと喋る。
まるで、リハーサルをした司会者のように。
「まず、テレビというものは様々の情報を流してくれます。これは、僕にとって有益な事がほとんどで、僕はそれを吸収し続ける事が僕の生きる意味ですらあります。そして、テレビが訴えるメッセージは、そのまま僕の正義であり、また、僕の主義主張であります」
「情報の鵜呑みでしょうか?…危険ですよ」
夜羽は珍しく忠告地味たことを言った。
客は否定した。
「いえ、テレビの情報を鵜呑みしているわけではありません…僕は知っています、テレビが…」
「テレビが?」
客は一呼吸置いた。
携帯テレビから何かを読みあげる声が少し聞こえた。
「テレビが僕の情報を映し出しているから、僕がテレビの情報を鵜呑みしているように感じられるのです…」
客はどことなく笑ったらしい。

氷がグラスに触れる音と、ノイズまじりのCMソングが流れていった。
「さて、テレビがあなたの情報を映している、とは?」
切り出したのは夜羽だ。
やっぱり客はすらすらと答える。
「テレビは即ち僕の鏡です。僕の外面内面を、あますところなく映し出してくれます」
「つまり…テレビ番組はあなたの情報であると…」
「そうです。僕が欲している情報を、そのまま映し出してくれます。ですから、テレビは僕が自分でも知らないものを…無意識、そう、無意識に求めているものまで、自覚させてくれるものなのです」
「無意識ですか…」
「そう…無意識です。無意識を映像にしてくれる。こんなものってないでしょう?」
客の声が、どこか空虚に響いた。

「テレビの電源が切れている時、そこには何が映りますか?」
これは夜羽の何気ない問いだったに違いない
しかし…
「いうなぁっ!」
客は大声を上げた。
「切れているんだ、切れているはずなんだ…それでも、なんで、なんで映るんだ…あれは違う、あれは違う…あそこに映るのは違う…違う違う違う…」
客はうわごとのように呟き、そして、
「電源の入っている時に映るのが僕だ!それ以外は僕ではないっ!」
そう、怒鳴った。
「そうですか…」
夜羽は溜息をついた。

ここでテープは停止した。

思うけど、テレビって電源消えている時にうっすらと自分の姿が映らないかい?
ほら、パソコンのディスプレイとかもさ…
そこに自分が映るだけ。それすら大変な人もいる。
視覚情報も大切。それを判断するのはいつでも自分自身さ。
夜羽はそういった。


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