テープ66 壁


壁、それは或いは仕切り。
古風に言うなら、屏風もそうなのかもだけど、取り合えず壁。
壁は向こうとこちらを見えなくする仕切り、
触れられなくする、仕切りなのかもしれないね…

テープが再生される。
空白の部分から、突然、声が入る。テープの再生とはそういう現象。
そして、いつものように、妄想屋と客のやり取りが聞こえる。

「あいつを壁の中に入れてやった」
犯罪者が自分のした事を自慢するように、客はそう言った。
「留置所行きにでも、してあげましたか?」
「ひひひ…違うな。あいつを壁の中に入れてやったんだ。わっかんねぇかなぁ…」
客はどこか楽しそうだ。
夜羽は次の推測を口に出す。
「では、あいつというその人を、壁の中に『埋めた』というのですか?」
客はそれを聞いて大笑いをした。
「ひゃひゃひゃ…誰があいつなんかのために『犯罪』を犯してなんかやらなきゃいけないんだ?」
客はひとしきり笑った。
そして、回答らしいものを告げた。
「言えばなんてこたぁねぇんだ。あいつをな…俺達から『隔離』するため、『壁』の中へ入れたんだ…」
最後の方は、少し、声を潜めているように聞こえた。

「あいつは自分の事しか考えねぇ奴だった」
客は憎々しげに言った。
「親切として自分の正義を押し付ける様なこともした。自分の周りさえ良ければあとはどうなってもいいときた。まぁ、よくいる自己中心野郎という奴だ」
「『野郎』で『奴』…とりあえず、男の方ですか?」
「そんなこたぁどうでもいいんだ…とりあえず、俺達からすれば、はた迷惑な野郎だった。誰も彼もが、奴を嫌がった。憎んでいる奴もいたかもしれねぇ…とりあえず、好いている奴は…ひひひ…誰もいなかった…」
「ある意味、真に嫌われる存在というのも希有かと思いますけど…」
「そうかもしれねぇなぁ…」
客はそこで笑うと、何かを飲み干し、水割りのおかわりを注文した。

「では…壁に入れるというのはどういう事ですか?」
夜羽は本題に入りたいらしい。
「壁は壁だ、俺達から隔離するための壁だ。上の果ても下の果てもみえない、完全にあいつを隔離する壁だ…俺達はあいつをその壁の中に誘い、そして、入れた。あいつはいまだに、壁の中である事に気がつかないかもしれん…」
「気がつかないのですか?」
「さぁな…入った事がないからわからないな…ひひひ…」
「とりあえず壁の中に入れて隔離をして…その後、その人からは…出してくれなどという事はありませんでしたか?」
「全然ないなぁ…いや、中からは何も聞こえないように作ったんだったな…ひひひ…何もなぁんにも聞こえない…あいつは言葉も害悪…存在悪…くくく…あいつはとうとう、自分だけの世界を手に入れたんだ…その世界にはだぁれもいない…真っ白な、あいつだけの世界だ…ひひひひひ…」
夜羽は客の話しを聞いていた、そして、また、訊ねた。
「もしかして…その人は既に死んでいるのではないですか?」
間があり、客はこたえた。
「死んだとして…あの壁の中からどこへ行けるというんだ?…あいつは俺達から隔離した…あいつがいつも望むようにした。俺達もそれを望んでいた…」
客は続けた。
「あいつと俺達には越えられない壁がある…ひひひ…そしてあいつは、壁の中で特別になったんだ…ひゃはははは」

客の嘲笑が、プツッと途絶え、テープの再生が止んだ。

隔離されたものは、既に、存在を認められていないに等しいのかもしれないなぁ…
壁の向こうとこちらでは頑張っても意志の疎通は計れなさそうだしね…
あるいは、あると思ったものがなかったり、ないと思うものが…壁の向こうにはあるのかもしれない。
感知できないというのは、ミステリーだねぇ…
夜羽はそう言い、くすくす笑った。


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