テープ69 頭皮


フェチという嗜好があること、知ってるかな?
身体のある部分だけを異常な程に愛するとか…
或いは身体に限らず、物…人形とか革とか。そんなものまで含まれるらしいんだ。
僕も的確に説明できる訳じゃない。
で、これはそんなフェチのお話しさ。

「う、うふふふふ…ぼ、帽子を取っても、もらえますか?」
客の…多分夜羽に向けた声だ。
間があり、
「これでいいでしょうか?」
と、夜羽が言った。
「…なんだ…違うんですか…」
客は興ざめしたように言った。
夜羽はそのあたりを嗅ぎ取ったらしい。
「あなたは帽子の中がどうなっていればいいと思っていたのですか?」
客はまた笑った。
「うふふふ…はげはげはげ…髪がなければいいと思っていたのですよ」

「まいったなぁ…僕ははげにはなれませんよ…」
「なったほうがいいですよぉ…頭の形がよろしいとみえる…さぞかし魅力的なはげになるでしょう…」
夜羽は苦笑いした。
「うふふ…内心、はげになってたまるか!と思っていませんか?」
多分客はニヤニヤ笑いながら夜羽を見ている。
「ええ、まっぴらごめんとおもってますが?」
「ふふ…やぁっぱり…」
「そもそも…なんではげがいいのですか?」
夜羽は問うた。
客は答えた。
「まずは、美しいからですよ…」

「…美…ですか」
「ふふふ…そうそう、まず、完全に…毛根すら残らない頭には、やはり完全を思わせる美しさがあります…」
「スキンヘッドというやつですね…」
「それそれ…うふふ…しかも顔の見えない後頭部が美しくていいですね…こう、人間の全てを極限まで詰めて…そして描かれたような曲線…顔のパーツは機能としては必要でも、美には不要だと、感じざるをえないのですよ…ふふふ…はぁはぁ」
「どうしました?息が荒いですよ?」
夜羽の言うように、客の息が少しだけ荒い。
「いえ…ちょっと興奮しただけなんです…さ、話を続けましょう…」

「次に…大半の髪が残り、一部だけごっそりと抜け落ちている頭…はぁはぁ…私はこれが好きでしてね…はぁ…はぁ…隠されたものを見るのぞき窓…そうそう、それにきっと近いに違いない…そんなのを見ると…もう、訳もなく飛びつきたくなるんですよ…はぁはぁはっはっはっ…」
客の息は…もう、走った後のランナーのようだ。
時々、がたがたというテーブルが揺れる音もする。
「飛びついて…あなたはどうするのですか?」
「うっふふふふ…飛びついたら、まずそこをべろべろ舐めまわして…よく輝くように拭いて…そして…ふふふ…眼を当てるのですよ…」
「眼を?」
「そうですよぉ…眼を当てて中をのぞくのですよ…髪が無いが故に美しく露出した頭皮…そこからいろいろと…はぁはぁ…見えるんですよ…」
「どんなものが見えますか?」
夜羽は訊いた。
客はふふふと笑い、答えなかった。

テープはそこで終わっていた。

まぁ、これがこのテープの顛末だ。
僕ははげなんてまっぴらごめんだし、そんな美しさを理解しようと思わない。
ま、わかる人は分かってもいいんだ。
でも、髪があることで…中の何かを見られずにすんでいるというのなら、髪のありがたみを感じるってことだね。
夜羽はそう言った。
いいながら、帽子のつばを持ち、深く被り直した。


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