テープ70 毒物


人間に有害なもの…ま、いろいろあるよね。
紫外線とか…ウイルスとか…それから、毒物。
今回は毒物にまつわるお話だ。

テープはゆっくりと回っている。

「生物というものは…環境に合わせてその姿を変化させる能力を備えている…」
「進化論ですか?」
「いえ、事実でしょう?」
「さぁ…どうでしょう?」
「事実なのですよ…だから私は、この様に進化をした…危険を回避するために…」
「一見、何の変わりもなく見えますね…」
客は笑った。
「私とあなたは、全然違うのです…私はあらゆる有毒物質が『見える』のですから…」

「私の能力は、察するに、現代という毒物天国が生み出した、必然的な進化と言わざるをえないでしょう…」
「毒物天国ですか…」
「そう、化学合成の食品添加物、或いは合成洗剤…或いは毒にしかならない医薬品…それらが氾濫する中、私のような能力を持たないと生きていけないと、DNAが反応したに相違ありません…」
「生物学は専門外ですが…進化とはそんなに急激に起こるものですか?」
「では私は望まれて生まれた突然変異なのでしょう…」
「ふぅむ…」
夜羽はあまり感じるところもないように唸った。
「現に、私は毒物が『見える』事によって『健康』でいることができます…これは、非科学的ながら、運命というものが私に、有利な道を作ってくれたと思うほかないでしょう」
きっと客は、胸を張った。

「そう、それを聞こうと思っていました。『見える』とはどのように視覚が違うのですか?」
「良くぞ聞いてくれました。私もそれを話したかったのです」
客はやけに誇らしげだ。
「たとえるならば…そう、どす黒い念がまとわりついているように見えますね…」
「どす黒い念…ですか。念とするならば、どこから発された念でしょうね…」
「私にはわかっています。商業主義に乗っ取り、客のことなどこれっぽっちも考えない経営者の念に相違ありません。その念が絡んでいるものは、まず間違いなく毒物が含まれています…」
「私利私欲と毒の関連性が見えませんが…」
「いえ、欲が絡めば毒でも売り出すのです!資本主義というものは!売れれば勝利!それが私達消費者をむしばむのです!」
「はぁ…」
夜羽は気の抜けた返事をした。
なんだか話が妙な方にずれているなと思ったかどうか…。

「だいたいですね…この酒場の中にも、毒物は蔓延しているのですよ。ほら…そこにも、そこにも…こんな毒だらけのところで生活しているなんて信じられませんね、まったく…」
「あなたのいう毒とは…この場合は何ですか?化学物質ですか?細菌ですか?」
「もうなんだかわかりませんよ。こんなに多くては…ほら、あのグラス。あれも毒まみれじゃないですか」
バーの入り口が開く音がした。
「ほら!今入ってきた男のディバッグにも毒が!」
「なんやねん!わいの商売道具にケチつけんのはおんどれか!くぉら!」
場は一気に険悪になった。

テープはここで終わっていた。
「関係ない会話になってきたんで、ここで終わらせたんだけど…最後に来た彼が愚痴ってた。『あないな輩は、無菌室でくっちゃべってればええんや!』なんて。確かに毒から離れることによって、健康は維持できるようになるけど、毒に弱くなるのも確かだね…」
逃げることもできない訳じゃない。でも、耐えることができた方が都合がいいかもしれないね。
夜羽はそう締めくくった。


妄想屋に戻る