テープ71 音


音…主に耳が感じるものだね。
身体で感じるのは音というより振動だろうし。
これは妄想というより、音に取り付かれた人のお話。
ノイローゼというのかもしれないね…

そして夜羽はもう少し付け加えた。
「このお客は耳栓をしていた。だから、僕の言葉は届いていない。そのあたりを頭に入れておいてくれないかな…」

テープが回った。

「あの音が…あの音が聞こえる」
「あの音…ですか」
夜羽が聞き返すが、客は聞こえていないらしい。
うわごとのようにあの音という言葉を繰り返す。
「ふぅむ…」
夜羽は何か納得した。
この時に耳栓に気がついたのかもしれない。

客は断片的に話し出した。
夜羽は終始黙っていた。
「深い…深いところにある音だ。その音はいつでも私の耳にやってくる…」
「はじめは耳栓でも塞げていた」
「しかし、やがて耳栓をものともせずに、再びあの音がやってきた」
「深い音だ…私がどんなに耳のチャンネルを浅くしても、深い音が入ってきてしまうんだ」
「眠れない…眠れない…」
「安定剤などどれほどの効果があろう!私が欲しいのはあの音の聞こえない耳なのに!」
「クルルルルルルル…ちがう…カラララララララ…」
「ちがう…こんな音ではない…もっと焦燥感を駆り立てる音だ…」
「誰か私を助けてくれ!」
「爆音の方がまだマシだ…聞こえるか聞こえないかの音に苦しめられるよりも!」
「聞こえているのになんで聞こえないのだ!」
「皆は聞こえないと言い張る…あんなにもはっきりかすかに聞こえるというのに!」
「ああ…深い音が…来る…来ている…」
「私は狂ってなどいない…」
「あの音はどうやったら止まるんだ…全ての音源という音源を見たというのに…」
「ああ!それも止めてしまえっ!」

大きくガタガタとしばらくなっていた。
やがて静かになった。

「耳を塞いでも止まらない音に対抗するには…耳を削ぐしかないのかもしれないとも考えた…」
「家族に止められてそれは叶わなかった」
「深い音がまとわりつく…深くて…高い音だ」
「私は救われないだろう…」
「誰も私を救えない、そんな気さえ、するのだよ…」

夜羽はテープを止めた。

相当音を気にしているらしくて…途中でこのレコーダーも壊されかかったんだ。
彼にしか聞こえないのなら妄想かもしれないし、
または、彼が人間には聞き取りにくい音波を聞こえるようになっちゃっただけなのかもしれない。
それにしても、そんなに音に取り付かれると…ちょっと可哀相な気もするね…
せめて、眠った先でも音に悩まされませんように…
夜羽はあまり信じてもいない十字を切った。


妄想屋に戻る