テープ72 氷河期


氷河期とは…説明しなくてもいいかな。
とにかく、地球が異様に寒くなる時期のことかな。
これは多分…氷河期という存在をはじめて知った、彼の物語だ。

「僕知ってる。地球には氷河期があったんでしょ」
小学校…低学年前後の子供の声がした。
「そうですねぇ…3回とか4回とかあったらしいと聞きましたが」
夜羽は少しだけ真面目に返す。
「本で読んだもん。氷河期があったの。それで、いつかまた氷河期が来るんでしょ?」
「さぁ…」
「くるの!」
子供は断言してしまった。
「それでね、僕は氷河期が来ても大丈夫なように、がんばるの」
「がんばるとは…ええと…」
夜羽が何かを尋ねようとすると、
「いろいろがんばるの」
と、一言で返された。

「えっとねぇ…まず、寒くないようにお家を地面の中にするの。地面はあったかいでしょ。だからね、お庭に大きな穴を掘るの。それでお家をその中に入れるの」
「ふむふむ…」
「それでね、僕とじーちゃんとおかあさんとナーゴで、ずっと生きていくくらい食料をいれるの。なくなると飢え死にしちゃうでしょ。だからいっぱい。お部屋にいっぱい入れて、くさんないようにするの」
「…なーご?」
「ネコのナーゴだよ。僕が『お名前は?』ときいたら、『ナーゴ』って言ったから、ナーゴだよ」
「ふむ、それで…食料を入れて…」
夜羽は話を戻そうとする。
「うん、いっぱい食料入れとくの。それでね、お家にいっぱい毛布を貼るの。そうすると絶対寒くならないもん。それから、食料がなくなると困るから、スーパーも地面の中に入れてね、地面の中のトンネルで買いに行けるようにするの。ティッシュとかなくなったら、買いにいけないと大変だもん。あと、お金がないと銀行に行かなくちゃなんないし…だから銀行も土の中に入れて…あとねあとね…学校はいらない。ずっと遊びだよ」
子供は無邪気に未来展望を繰り広げた。

「さっき、お家の中で生きていく人に…おとうさんがいないようだけど…」
夜羽が尋ねた。
「おとうさんいらない。だってきたないもん。僕はごはん作れないから、ごはん作ってくれるおかあさんと、おこずかいくれるじーちゃんがいればいいもん」
子供は続ける。
「おかあさんも、怒っているおかあさんはきらい。だからね、おかあさんが怒ったら、家から外に出しちゃうんだ。そしたらきっといつもやさしいおかあさんでいてくれるもん」
「おとうさんは絶対いれない?」
「んー…きたなくなんなかったらいれてあげる。でも、きたないから入れてあげない。おとうさんきたないのにべたべたさわるもん。きらい。おとうさんいなくていいもん」
「どうして、おとうさんはきたないと思うの?」
子供は答えた。
「浮気してるから。だから本当はおうちにいちゃいけないの…」

テープはここで終わった。

子供の相手は大変だけど、おかげで面白いものが聞けたように思うよ。
子供は空想する。子供も妄想する。子供は見ている。
…多分、浮気の意味もよくわからないんだろうけど…
多分この無邪気さをもって大人になることはないだろうけど…
仮にそうなったらそれは恐怖だと僕は思う。
夜羽はそう結んだ。


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