テープ75 乾く


日本は比較的湿気がある国だと思うけど…
ここ?ここは快適さ…このバーも、この街も。
まぁいいとして…今回は乾いているところのお話。
別に乾燥地帯じゃないんだけど…

そして、テープが廻った。

「ある夏の日…私はその街に赴きました…」
客が話し出した。
「まず…その街に行った時、私は乾いていると感じました」
「乾燥しているのですか?」
「いえ、外気の湿気は高く、不快なくらいでした。しかし、私はその街が乾いていると感じました」
「では…無味乾燥だというのですか?たとえば…味気ない…というような。都会というものにありがちな…」
「多分、そうなのでしょうね…」
客はあっさり肯定した。

「街がどうして街としていられるかが、それでわかった気がします…」
客は唐突に話を切り替える。
「動物園が入場料をとったりして維持費にするように、街は街で維持するものが必要なのです…」
「街はそんなに維持に躍起になるようなものではないのでは?…大体…住人が維持を心掛けるものじゃないでしょうか?…まぁ、文化財如何はともかくとして…」
「いえ、その街に『住人』はいないのです。だから街は維持に躍起にならなくてはいけない。街が街であり続けるため。巨大なその身体を存える為…」
一拍おき、夜羽が口を開く。
「…まるで、あなたの言い方は…街が生き物かなにかのようですね…」
客は言った。
「…化け物です…」

「あれらは人がそれと知らずに作った化け物です…」
「生物には…思えませんが…」
「いえ、生きています…そして、生命活動を維持すべく、人間を集めています」
夜羽は「ふーむ」と唸った。
「つまり…人間が一人もいないと、街という生物は生きていけないのですか?」
「そう、乾いて…死にます」
「乾いて…」
夜羽が反芻する。
「人が住まうと…そこに潤いが生まれます。水…心のゆとり…なんでもいいでしょう。街はそれをすすって生きています。潤いのない街は…生活と切り離された街。やがて乾きます…」
「生活と切り離されていても…人がたくさんいる街はあるのでは?やっぱり、都会と言われるところとか…」
客は…多分、否定の動作をした。
そして、話す。
「あの街は寂しい老人です…生き長らえる為に、ひとときの潤いを大量に流しているのです。しかし潤いは定着せずに端からどんどん乾いていく…それでも人は流れ…中途半端に乾ききったまま、今日も街が生きているのです…」
客はちょっとだけ言葉を区切ると、
「街は…人を食って生きている…のかもしれません。搾取とか…そんな言葉も合いそうです。そして…そんな悲しい言葉は…乾いた街の悲しさなのかもしれません…」

テープはここで止まった。

生きる為にあがくのは…人も街も一緒ってことなのかな…
だから、大きな街ほど、人を引くようなものがいっぱいあるのかもしれないね…
僕には街の意志なんて、そんなこと知る由もないけどね。
夜羽はテープを巻き戻した。
乾いた音がレコーダーから響いた。


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