テープ77 比翼


翼を並べるのを比翼というらしい。
片方だけの翼を合わせて飛ぶ、想像上の鳥のことも指すらしい。
なんでも、仲の良さの喩えとか…
でも、想像だけに止まらず、妄想にもそんなのがいるらしいんだよね…

テープが再生された。

「鳥が飛んでいます」
ぽやっとした客の声がする。
「どこを飛んでいますか?」
「どこを。青の中を。頭二つ。互いを守るように羽根生えてる。飛んでる。青の中」
散発的な客の語り方だ。
夜羽はイメージを引き出そうとする。
「その鳥はどんな色をしていますか?」
「黒。青に悲しい色を添えてる。黒。見ているとそこだけきり取られている」
「その黒い鳥をよく見てください…どんな風ですか?」
「鳥。来た。身体…ひとつ。鳥の足二本。触れたところから繋がってる。頭…鳥じゃない…」
「鳥ではないとは?」
夜羽が問う。
客はやはりぼんやりしながら答える。
「頭。人。髪黒。目が黒目しかない。わかる。これは男と女。でも、どっちがそうなのかわかんない…」
「キメラ…ですか?」
客はその問いには答えなかった。
「青が揺れる。鳥が飛んでいるから。揺れる…そして…」
客の話はこうして膨らんでいく。

「鳥は『一人』で青の中を飛ぶ…やがて、変わる」
「変わる。どのように?」
夜羽が聞き返す。
「変わる。溶ける。触れていた脇腹。腰。そこから溶ける。液体になる。液体が落ちる。赤い液体。どろどろする液体」
「液体になってしまうのですね…それはどこに行きますか?」
「どこにも行かない…落ちようとして流れる。青の中を揺らめく」
夜羽はちょっと間を置いてまた問う。
「訊いてばかりですが、その青は一体どこですか?」
「青は青。海」
「海をそういう鳥が飛んでいるのですね」
「そう、海。そうなる為に鳥はそこに居た…」
客の目には、バーの風景ではなく、
黒い鳥が深海を飛ぶのが見えているのかもしれない。
声すら遠くなったようだ。

「鳥は触れて融けた。とけて液体が出来た。それは海を漂う。海。海であって海でない海。内なる海…」
「どうも抽象的ですね…」
「海。肉体の中の海。彼等の液体はそこで変わる。波は鼓動。暖かい海」
夜羽は思い当たったらしい。
「それは…」
いいかけ、客が答えを言う。
「そこは子宮。そこは地球。鳥は命のゼリーになった…」
「ふぅむ…」
「あとには羽根だけが残る。互いを守っていた残骸。もう要らない。どっちもいないから…そして命が出来た。鳥は死んだ。羽根は残った。どこかへいった…」
客はちょっとだけ訂正した。
「違う。羽根は上に行った。青の上。もう悲しくないから上に行った…命が繋がったからいった…」
…の方に…と、言ったようだが、そのあたりは正確に録音されていなかった。

夜羽は溜息をつきながらテープを止めた。

抽象的なんだか、見たことを言っているのか…
そのあたりが至極曖昧だ。
それでもなんだね…比翼の鳥は仲がいい事の喩え。そして、子宮に命。
…彼は妄想の中でそれらの連鎖を見たのかもしれないね…
浅いんだか深いんだか…と、夜羽はまた溜息をついた。


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