テープ79 化粧


化粧って…苦手なんだよね。
自分がするのが…じゃなくて、そう、厚化粧とか、芳香がきついとか。僕は他人のそういうのが苦手で…
…そう、化粧って、何かを強調して見せるもの。自分だったり他人だったり。
或いは、自分という物をことさらに強調するものなのかもしれない。
これはそんなお化粧のお話…

テープは再生される。

「化粧…ですか?」
「ええ、化粧です」
「…苦手な分野だなぁ…」
夜羽が前振りと同じように、冗談めかして嫌がった。
「私も、苦手なんですよ…」
客はそんな夜羽に同意した。
「どうしてでしょう?」
夜羽に疑問符が浮かんだようだ。
問いから浅い沈黙が降り、そして、客が話す。
「化粧をさせることは罪と、思うところありましてね…」

「罪?」
夜羽が問いかえす。
「ええ、罪です」
「どんな罪でしょう?」
「そうですねぇ…あれはどんな罪にあたるのでしょう…」
客は唸った。きっと首も捻っている。
「詐欺?」
夜羽は思い浮かんだことを言ってみたらしい。
客は否定した。
「それもあるかもしれませんが…傷害罪ですかね…」
「うーん…」
今度は夜羽がうなった。化粧とそれらの罪が合わせられないらしい。
間を置き、夜羽が促す。
「では、その話を聞かせてください…」

「私は美しいものが好きです…」
「ふむ」
「美しいものにより磨きをかけたい…これは、普通ですよね?」
「確かに」
「美しい少女に、化粧をさせたいと思った…それはとても普通の衝動だと思ったのですが…」
「何か、あったのですね。化粧を罪と思わせるような…」
「そう、あったのですよ…」
客の溜息の音が揺れている。軽く首を横に振りながらついた溜息らしい。

「今思えば、何故私がその少女に出会ったのかもひどく曖昧とした物ですが…」
「記憶なんてそんなものです。そして、あなたは少女に出会い…」
「そう、魅力的な小悪魔のような少女でした。その少女をもっと美しくしようと…私はその少女とともに化粧品を見に行きました…」
「それは『普通の衝動』ですか?」
「これは普通です!」
客は少しだけ声を荒げた。が、それに気がついたらしい。
「失礼…感情的になりました…」
「いえ、結構です…それで…化粧品を見に行ったのですね?」
「そう、見に行ったら…店員の女性が睨むのですよ…私と…多分その少女を…」
「どうして?」
「それはわかりません…でも、少女は無邪気に化粧品を選びます…あの色がいいこの色がいいと…」
「ふむ…そして…」
「…あるクリームを試しに頬につけた時…変化が訪れました…」

間があり、客は話し出した。
「…少女が…クリームを塗った個所から…爛れ始めたのです…。それでも少女は艶然と微笑むのです…きれいでしょ?と…頬に穴が空きます…歯が見えます…醜い、醜くなっている…」
客は辛そうだ。
それでも夜羽は黙っている。
「クリームの中に眼が見えます…虫の眼が…何かの…」
客は咳き込んだ。気分が悪くなったらしい。
「ここで終わらせますか?」
夜羽が見るに見かねたらしい。
「いえ…」
客がそれを遮って続ける。何が彼をそうさせるのかはわからない。
「店員がきたのですよ…バケツいっぱいに赤いものたたえて…そして少女にぶっかけた…『悪魔に聖水を!』と口々に喚いた…私にも鉄臭い液体がかかった…店員が私に詰め寄って言った…『何故あんなのに化粧をさせた!』『あれに化粧をさせるのは…』させるのは…」
「…罪…だと?」
「そう、罪だから聖水をかけた…私が覚えているのはそこまでです。彼女はどこにいったのか…私はどうしてここに戻ってきたのか…わかっているのは化粧をさせるのは罪ということ…多分それだけなのです…」
客はようやく黙った。

沈黙のうちに、テープは終わった。

これが化粧に関する妄想…なんか、気持ち悪いなというのが僕からの印象だ。
けどねぇ…僕が化粧苦手なのにも起因するんだけど…
厚化粧って、どろどろ溶けそうな印象持ってるんだよね…
彼もそんな印象からはじまったのかもしれない…
夜羽はそう言い、黙った。


妄想屋に戻る