転んでも


マルは写真機のつまみを、人差し指で押す。
その人差し指は、ガラクタが無造作に吸った指。
マルの指に魔法がかかったかのように、
すべての景色が不思議な色合いに見える。
この色合いを写真にできないだろうか。
マルは思いながら町をふらふら歩く。そして、配線に絡まり、転ぶ。
見事に転んだマルは、誰もいないはずなのに、なんだか恥ずかしい気持ちになる。
ガラクタがここを見ていたら、どうしようという気分になる。
笑われたらとても恥ずかしい気持ちになるし、
もう、ガラクタのところにいけなくなるとマルは思う。
マルは、ガラクタの顔を思い出し、赤面する。
どうしよう。思い出すだけで、あつい気分になる。
なんだかおかしいとマルは思う。
転んでガラクタの顔を思い出すだけで、何でこんなにと思う。

マルは立ち上がろうとする。
そのときに、写真家の端くれとしての目が、
いい角度を見つけてしまう。
ほとんど無意識のうちに、マルは写真機を構えて、
魔法のかけられたかのような人差し指で、写真へと焼き付ける。
マルの目には、カガミがうつっている。
カガミが子供と話している。
転んだ姿勢の所為で、偶然なんともいえない角度をとらえられた。
転んでもただでは起きないという言葉もよぎっていったけれども、
マルは思う。ガラクタのことを考えていたから、これが撮れたんだ。
ガラクタが魔法をかけてくれたんだと。
マルは転がった姿勢のまま、写真機にかけられた人差し指を見る。
なんだか幸せのようなそわそわするような感じがする。
マルはそれを心地いいけれど落ち着かないと感じる。

転がっているマルのもとに、影。
視線を上げれば、カガミが見下ろしていた。
カガミは、何をしているんだと問う。
マルは、この角度でいいのが撮れたと思うの、と、答える。
カガミは苦笑いする。写真屋根性はすごいなと。
マルは人差し指の魔法のことは黙っておく。
まじめなカガミにそんなこといっても、通じないだろうと。

さっきの子供は何かあったの?と、マルはたずねる。
電装に切り替えた子供なんだ。よくがんばったなと言ってやったところさ。
カガミはそう答えるが、ちょっと引っ掛かりがある。
マルはそれに気がつかないふりをした。
転がったままなのをほっといたカガミへの、礼儀だとマルは思った。


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